

021 アラビアのライス
子どものころ、夏休みに新潟の妙高高原を訪れた。都会の喧騒を離れて、森と風の音しかないその場所で、夜、暗くなると、空気が急に静まりかえるのを感じたことを憶えている。その夜、父に手を引かれて裏の小川に向かった。月の明かりだけを頼りに歩いた小道は、少し怖くて、でもわくわくした。目が暗さに慣れてきた頃、小さな光がひとつ、ふわりと宙に浮かんだのが見えた。はじめて見たホタルだった。光るというより、呼吸しているような、やさしい光だった。もう一匹、また一匹と、ぽつりぽつりと現れては、夜の草むらの中で光が漂った。ぼくはただ立ち尽くして見ていた。「きれいだな」と父が言った。けれど、返事をすることすら忘れるほどに、ぼくの心はホタルが舞う暗闇に吸い込まれていた。
中国の景徳鎮で発展した装飾技法のひとつに蛍手(ほたるで)という技法がある。磁器に小さな透かし模様を施し、その模様がまるでホタルが光るような幻想的な効果を生み出すことからそう名付けられた。
フィンランドのアラビアに蛍手が施された「ライス」というシリーズがある。お米のかたちの透かしがある白い器だ。夏になると、不思議とこの器を手にすることが多くなる。特に小さめのスープボウルは、カットフルーツやサラダを盛るのにも便利で気に入っている。
夏の陽に照らすとやわらかな光の模様が浮かび上がる。「きれいだね」と言った父の声が聞こえてくる。

食いしん坊のクローゼット
001 三時のおやつに菊皿
002 アスティエの角皿
003 リーサ・ハッラマーのデザート皿
004 1930年代のカフェオレボウル
005 「if」のピューター皿
006 白磁の茶椀
007 木の平皿
008 ブルーウィローの皿
009 安南焼の茶碗
010 成田理俊のステンレス皿
011 サーラ・ホペアのコップ
012 仲村旨和のカッティングボード
013 レモンの木の小皿
014 マルック・コソネンのバスケット
015 スティーブ・ハリソンの皿
016 鳥獣戯画の盛鉢
017 ラッセル・ライトのカレー皿
018 木曽ひのき漆器の弁当箱
019 欅の千筋茶碗
020 パリの買い物
021 アラビアのライス