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藤本信介さんへのインタビュー中編「韓国映画の食事事情」

映像と記憶の扉

藤本信介さんへのインタビュー中編「韓国映画の食事事情」

藤本信介さんへのインタビュー、中編です。

前編はこちら


佐野
私が初めて信介さんと会ったのは2013年の12月なんですけど、その時の信介さんはもう韓国でバリバリ働いている映画業界の人!という印象だったので、信介さんにそんな過去があったとは想像もしていませんでした。その時点で韓国に来て10年ぐらい経ってたってことですよね?

信介
最初に韓国に行った時に、「少なくとも30歳までは絶対に頑張ろう、逃げないぞ」って決意して。で、ちょうど30歳の時に、いくつか現場の経験も重ねてこられたし、ようやく準備が整ったんだからこれからが本番だって思って。だから日本に帰るっていうのは逃げるような気がして、帰りたいって思ったことはなかったんだよね。

佐野
韓国で演出部として入った作品で、転機になった作品とか、印象に残っている作品はどんなものがありますか?

信介
全部に思い出があるけど、やっぱり『ノーボーイズ、ノークライ』(2009)かな。初めて韓国側のスタッフとして日本に撮影に行ったんだよね。日本の撮影現場を初めて経験したから、驚くことばっかりだった。

佐野
具体的にどんなことが韓国の現場と日本の現場と違いましたか?

信介
作品にもよると思うけど、日本の方が撮影の規模が小さくて、その分1日に撮る分量が圧倒的に多かった。演出部の人数も少なくて、全員がいろんな仕事をオールマイティーにしなきゃいけない感じがして。自分にはまだまだそういうスキルが足りなくて悔しい思いをしたし、当時は日本のスタッフの方がギャラが高くてそれが羨ましかった(笑)

佐野
今だと逆のイメージがありますけど、韓国はその頃はまだスタッフのギャラが低かったんですね。

信介
そう、かなり低かったよ。日本はむしろその頃からあまり変わってないけど、韓国はいろいろな闘いがあってスタッフの待遇も良くなったから。

佐野
その頃から日本のスタッフと関わる仕事が増えていったんですか?

信介
そう、オダギリジョーさんが出演された『悲夢』(2008)とか『マイウェイ 12,000キロの真実』(2011)、佐藤信介監督の『アイアムアヒーロー』(2015)、そしてパク・チャヌク監督の『お嬢さん』(2016)とか、韓国にいながら日本のスタッフと関わることが増えてきた。やっぱり、韓国にいたからこそそういうチャンスが来たんだと思う。

佐野
なるほど、少しずつ日韓の架け橋としての役割が見えてきたんですね。

信介
最初はただただ映画を作る現場にいられることで満足できてたし、最初はそれこそ「韓国映画の現場で、誰よりも優秀な演出部になりたい」と思ってた時もあった。でもいろいろな現場を経験していくうちに、日韓を繋ぐ役割を果たせた時に自分が本当に満足できるってことに気づいたんだよね。純粋に韓国の映画の現場、というだけでは何か物足りなくなって。

佐野
一人で日本から韓国に渡って、現場で頑張ってきたからこそできることですよね。

信介
自分が日本人で韓国に来て挑戦してきたからこそ、日韓を繋げる役割ができると思った気がする。

佐野
私がソウルで信介さんと出会ったのは、2013年の末でした。『ウロボロス』というドラマで小栗旬さんのご紹介で生田斗真さんがソウルにアクションの練習に行くことになり、信介さんが通訳とコーディネーターをしてくれたんですよね。

信介
もうそんなに経つのか!

佐野
私はその時初めての韓国だったので右も左もわからず、とにかくものすごく寒い麻浦の街で毎日ひたすらアクション練習に立ち会ったり情報番組の取材班に来てもらっていたのでその対応をしたりしていたんですが、信介さんがマポの街をいろいろ案内してくれたのがすごく嬉しくて、チヂミの屋台でいろいろな味のチヂミを食べたのを今でもよく覚えています。

信介
朝から晩までずっと練習しててすごかったよね。その韓国特訓の後に撮影本番があって、それで何度かアクションチームと一緒に日本に行って、そこでも通訳とアクション演出の補助みたいなことをやったね。

佐野
そこで初めて、韓国のアクションがなぜあんなに迫力があるのか少しだけ垣間見れた気がしました。アクションにつけるS Eについても話し合ったりして。テレビドラマだとどうしても低音を効かせられなくて、でももっと鈍くて低い音がいいとか、そこでの学びは大きかったです。

信介
アクションを完成させるのって、サウンドだと思うから本当に重要だと思う。ちなみに、韓国は現場の録音技師と仕上げ作業をするサウンドチームが完全に別れてる。撮影現場の状況を知らない人がサウンドを作り上げていくから、典型的じゃない新しいものができると個人的には思ってる。

佐野
で、その後もソウルに遊びに行くたびに信介さんに連絡してご飯を食べたり、信介さんが東京に来る時にはまたご飯を食べたりして、お互いの友人を紹介しあってその人たちも一緒にご飯を食べたりして、とにかくこの10年間、信介さんとは撮影の仕事はしてないけどご飯を食べに行ってましたよね(笑)。友人とソウルに旅行に行った時に信介さんと麻浦の駅で待ち合わせして、電車で小一時間移動して連れて行ってもらったお店で食べた鶏鍋がすごく美味しかった記憶があります。ランチでこんなに移動するのか、と初めはびっくりしたけど、食べてみたらなるほどこれはここでしか食べられないなとわかって、忘れられない思い出です。

信介
結構遠くて周りに何もない郊外だったから連れて行くかすごく悩んだのを覚えてる。でも、どうしてもあの味を食べてもらいたかったから。本当に自分たち、よく食べたし、よく飲んだよね(笑)マッコリを求めて何軒もハシゴしたりね。韓国だとお酒はハシゴするのが普通だし、日本よりもやっぱり飲食代が安いから気軽に楽しめるよね。

佐野
たしかに韓国は、一軒目でご飯を食べて、移動してお酒を飲んで、また移動してお酒を飲んで、またちょっと食べて…といった感じで何軒もハシゴして、少しずつ食べて飲んでっていうのが自然な感じでした。

信介
そう、日本だと一つの店で終わることが多いし、コース料理とかだともうそれで終わりって感じだけど、韓国だと一軒で終わることってないかも。だから、いろんなメニューをこれでもかってくらいに食べられる。たぶん、タクシーが安くて終電を気にしなくてもいいから、食べて飲む時間はたくさんあるのかもね。

佐野
みんなで食べる、好きな人たちと一緒に食べるって重要ですよね。

信介
みんなで美味しいものを共有するの、本当に大好きなんだよね。美味しさって、大好きな人たちと一緒に共有してこそ、完成すると自分は思ってるから。日本はお一人様文化が進んでるけど、韓国の場合はみんなで一緒に同じものを食べるという食文化だから、おいしさが倍増する気がする。だから韓国料理って美味しいのかな。あと、一人だと一品しか食べられないけど、みんなといたら何品も食べられるのも最高すぎるよね。

佐野
確かにそうですね。あと韓国は朝ご飯が充実してますよね!日本だと朝はファーストフードとかチェーン店くらいしか選択肢がないけど、韓国ではソルロンタンとかプゴクとか、温かいものを食べられるお店が多くて、それがすごく羨ましいです。

信介
撮影現場でもちゃんと温かい朝食が出るし、それが本当に大事だと思う。

佐野:そうなんですか!?日本の制作現場では朝におにぎりとゆで卵のお弁当とかを配るのが普通ですけど、韓国は違うんですね。

信介
韓国では集合場所とか一つ目の撮影現場の近くの食堂で温かいものを食べてから準備をスタートするんだよね。絶対に朝からしっかり食事をしてから撮影に臨む。それが韓国の国民性でもあると思うし、食に対するこだわりが強いんだと思う。例えば、7時集合ですってなったら「朝食を食べたい人はそれまでに食べてください」って感じで、食べたくない人はスキップできるし、システムが整ってる。

佐野
なるほど。それはとてもいいですね。韓国だとお昼とか夜ご飯も現場の近くの食堂で食べるのが一般的なんですか?

信介
そう。制作部が近くで大人数が入れる食堂を事前に調べておいて、「何時に何人来ます」って伝えておいてくれて。だから入ったらすぐに出してくれるから早く食べられるし、効率がいいんだよね。

佐野
どうしても食堂が近くにない現場の場合はどうしてるんですか?

信介
ケータリングかな。といっても日本みたいにケータリングの業者さんが全部作ってきたものをそこで温め直して配る、とかではなくて、韓国ではその場でご飯を炊いたり、野菜の皮をむくところから始めてるから、できたてのご飯が食べられる。

佐野
それはまたすごい・・・!

信介
あと食事の時間で大事だなと思うのは、韓国の場合は自分の好きなものを好きなだけ盛り付けて食べられるんだけど、日本だともう配膳されたものを渡されることが多い。やっぱり自分で食べたいものを選べるとテンションが上がるよね。

佐野
私はここ最近ずっと娘に離乳食をあげてるんですけど、私がスプーンにのせて口に運んでも食べないけど、同じものでも置いておいて自分で手でつかむと食べる、みたいなことがあって、赤ちゃんでもやっぱり自分で食べたいものを選んで食べるっていうのがすごく大事なんだなって思います。食事の楽しさの一部でもありますよね。

信介
食事がただの作業になってしまうよりも、楽しさや喜びを感じる方が絶対にいい。やっぱり美味しいものを食べてマイナスになることはないし、過酷な撮影現場ではそれが本当に大事な部分だと思う。人間って単純だから、温かくて美味しいものを食べれば、笑顔も増えるし仕事も頑張れる。だけど、日本の撮影現場では休憩時間が短くなって食事の時間が削られることが多くて、それが普通になってるんだよね。

佐野
確かに…。そして日本では予算に合わせて食費も削られがちです。

信介
韓国では今は食事時間が絶対に1時間取られることが基本になっていて、その間にしっかり休んで、みんなでコミュニケーションを取る時間にもなる。ただの食事の時間じゃなくて、作品にプラスになるような大事な時間になってる気がする。

佐野
スタジオ撮影のときは食堂を利用するんですか?

信介
いや、そもそも日本みたいにスタジオに食堂がなくて、スタジオでは100%、ケータリングかな。

佐野
そうか、確かに。今年の初めに坡州(パジュ)のスタジオドラゴンのスタジオと、JTBCのスタジオを見に行ったんですけど、食堂なかったですね。喫茶ルームみたいなものもなかったし。

信介
それぞれのチームが自分たちで好きなケータリングチームを選ぶようになってて。役者さんが好みのケータリングチームを勧めてくる場合もあったり。「撮影中の食事」に対する意識が全然違うと思う。そういえば韓国人がどれだけ弁当が嫌いかっていうエピソードがあって・・・

佐野
ぜひ教えてください!(笑)

信介
実際の法廷で丸1日撮影したことがあって、夏だったからエアコンもかけられなくてすごく暑くてさ。エキストラの人たちもたくさんいたんだけど、近くに食堂もないし時間もないから、選択肢は弁当しかなくて。しかも昼も夜も。スタッフに撮影ボイコットされたらどうしようと心配してたら、なんかエキストラの人にキレられてめちゃくちゃ怒鳴られた!「2回も弁当を食べさせるのか!」って暴れながらお弁当の残飯が入った箱を一人が蹴り飛ばして、法廷の前のメイン階段に残飯がバラまかれて・・・

佐野
それは・・・すごいですね。でも、お弁当でそこまで怒るっていうのは、韓国の人たちにとって食事がどれだけ重要かってことの表れですよね。

つづく

藤本信介
韓国を拠点に助監督や通訳スタッフとして映画制作に関わる。
李相日監督の『流浪の月』に通訳スタッフ、是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』に助監督で参加。その他の参加した作品に『お嬢さん』『アイアムアヒーロー』『美しき野獣』『悲夢』『蝶の眠り』『アジアの天使』などがある。
インタビュー・写真撮影:CANSOKSHA

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