コンテンツへスキップ
チオベン 山本千織さんへのインタビュー後編<br> 「ツナとマヨネーズで和えれば」

映像と記憶の扉

チオベン 山本千織さんへのインタビュー後編
「ツナとマヨネーズで和えれば」

前編の続き

──── ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』のクランクアップのお祝い弁当で初めてチオベンを食べてその美しさと美味しさに感動し、その後ご縁があってプライベートでもお会いするようになりました。千織さんの美味しいご飯を食べながら、好きなドラマやアイドルのお話をするのはかけがえのない時間で、とってもチャーミングな千織さんのこれまでのこと、これからのことを聞いてみたい!と思いインタビューをお願いしました。

千織さんプロフィール>
料理人。北海道生まれ。美大を卒業後、さまざまな飲食店で料理を手がけ、2011年に東京・代々木上原で弁当販売店「chioben(チオベン)」を開業。現在は、撮影現場への弁当の仕出し、ケータリング、雑誌や広告へのレシピ掲載、イベント出店など幅広い場面で活躍している。著書に『チオベン 見たことのない味チオベンのお弁当』(マガジンハウス)『チオベンの作りおき弁当』(PHP研究所)などがある。

千織
一人でやってたんで「はあ、じゃあ20個ぐらいなら」って受けて作って、それを自分で現場に持っていって、お金をもらって帰ってくるみたいな感じで始まりました。もちろんそれだけでは食っていけないから夜はテレアポのバイト行ったりして。

佐野
それが現在のチオベンの形になるまでにはどんな道のりがあったんでしょうか?

千織
それまでやっぱりロケ弁っていうと、いわゆるロケ弁屋さんのものばかりだったので、いきなりワンプレート料理みたいなお弁当がきて、目新しいみたいで、雑誌とかCMの現場でありがたいことにどんどん広まって。それで、さすがにもうバーでやれなくなって開業しました。

佐野
そこで妹さんも呼んで一緒にやることになるんですか?

千織
実はうち女4人姉妹なんですよ、間に男が一人挟まってるんですけど、夫に家出された妹はすぐ下の妹で、今も北海道でお料理屋さんをやっています。今一緒にチオベンをやっているのは下から二番目の妹。うちは父親が田舎の大きな土建屋の3代目だったんですけど、3代目ってよく家潰しって言われるじゃないですか。

佐野
たしかに、すごく成長させるか潰すかどっちかって印象がありますね。

千織
父は石原裕次郎と長嶋茂雄と同じ年なんですけど、ああいう感じで。ああいう背が高くて、ちょっといい男っていう。夜のお店でモテたんじゃないかな。で、土建屋を潰しちゃって、紆余曲折あって会社ごと買われて北海道から千葉に引っ越すことになるんですが、父親はそれまでやんちゃな感じの人だったので、千葉に来てようやく落ち着いて見えました。母も大変そうでしたが、どこかはりきって見えました。

佐野
そこから家族のあり方が少しずつ変わっていったんですね。

千織
犬を散歩させて、スーパーに買い物に行くという“日常”って感じが初めてあって。それでその後父親が亡くなって母親が一人になるというので、下から二番目の妹が母と住むために千葉に引っ越してくれて、チオベンの経理とか事務的なことを手伝ってくれています。

佐野
千織さんの波乱万丈人生、なんだか向田邦子さんの世界みたいです。

千織
『阿修羅のごとく』は全部観てるんですけどやっぱり自分を当てはめながら観ちゃいますね。

佐野
四姉妹だと誰ですか?

千織
自分が長女だから、やっぱり長女ですね。ちょっといい加減さがあって。三番目の妹がすごい心配性みたいなところとか、うちの姉妹構成と似てますね。

佐野
やっぱり四姉妹のバランスというか、性格の配分みたいなものがあるんですね。妹さんとスタートされてから、特に大変だったことはありますか?

千織
大変だったことは思い当たらないんですけど、やりがいというか、一番嬉しかったのは、発注してくれた人との、納品が終わってからのメールに「私はお弁当を食べられなかったんですけど、いつも話してくれない大道具のおじさんが『今日の(弁当)美味しかった』って言ってくれてとても嬉しかったです」って書いてあったとき、本当にめちゃくちゃ嬉しくて。
やっぱりうちはお弁当なんで、ほとんどがメールでのやり取りだけで、誰が食べているのかがわからないじゃないですか。食べている現場を見られないし、それが飲食店と決定的に違うところ。だからそういうのがとても嬉しかったです。
チオベンの目標っていうか目的っていうのは、「一食であれ」っていうのが一番なんです。一食にしないと、現場って他のものを食べられない時間が長いじゃないですか。ずっと働きっぱなしのアシスタントの方とかもいるんで。なので、ちゃんと完結する一食にしなきゃいけない、っていうのがまず一番。あとは、頼んできた人の手柄にしたい。

佐野
それは頼む側にとってはとても嬉しい考えです。発注者の自分が食べて美味しいのはもちろんありがたいけど、やっぱりスタッフのために頼みますからね。

千織
そのメールからすごく嬉しさも伝わってきたし、この人の仕事の手伝いっていうか、手柄になったんだったら、もうそれでいいやって感じたことを覚えていて、それはその後ずっと大きいです。

佐野
時間的に余裕があるときだけだとは思うんですが、千織さんがその作品のモチーフとかタイトルとかをお弁当に入れてくださったりするじゃないですか。あれはすごい盛り上がりますね。ドラマの現場では4ヶ月とかずっと毎日お弁当で。仕方のないことなんですが、大量に作られたお弁当の一つを食べ続けているので、自分たちのために作ってもらえたと感じられるものを食べるってすごく貴重です。のし一枚でも全然違いますしね、すごい嬉しいですよね。

千織
今はスタッフがいるので、私がやってる仕事ってラインを作るっていうか、みんながちゃんと時間通りに帰れるように仕事の流れを組み立てる、みたいなことがすごく多くて、それが大事だと思っているんですけど、セカンドラインとしてそれとは別にやってみたいこともあって。

佐野
セカンドライン!すごく興味あります!

千織
例えばメールの書き方を見て、きっとこの人だからちょっと厳しいけどこれはやってあげたいとか、これはきっと嫌いだよとか、そういうのが今の規模だったらギリギリやれるんですけど、大きくなったらもうそれも厳しくなるんですよ。なのでそういうことに対応できるラインと、もっと広く利用してもらえるラインを作りたいというか、細やかな部分と多くの人に喜んでもらえるものを作りたいというか…。もしそれがやれなくなったら、チオベンじゃないのかなとか。

佐野
本当にチオベンは稀有な存在だと思います。

千織
なので、やっぱりこれはキープしたいですね。

佐野
しかし千織さんが波乱万丈の人生で、まるで運命の波に乗って生きているような感じがすごく伝わってきます。

千織
東京来てから1回もおみくじを引いてないんですよ、怖くて。それに左右されたら嫌だなと思ってしまって。

佐野
それは人生がうまくいってると感じられてるからですよね。これを壊したくないっていう。

千織
そう、壊したくないから、左右されそうなものはちょっと見たくないな、みたいな感じで、初詣は絶対行くんだけど、おみくじは引かないんです。

佐野
私も子供が生まれてからおみくじを引くのが嫌になりました。幸せだからというより、それに引っ張られたくないみたいな…。引いても引っ張られなければいいんですけど、自分はどこか気にしちゃうんですよね。
そういえば千織さん、プライベートの食事はどうされてるんですか?

千織
帰宅後は結構きちんと食べますよ。揚げ物が好きなので、夜でも揚げ物をしたりしますし、最近は菜の花にハマっているので焼いて食べたり、深夜11時くらいに目玉焼きを作って朝食のようなご飯を食べたり。

佐野
プライベートで、何か記憶に残っている食にまつわる思い出ってありますか?

千織
「本当に美味しかった」とか「これを食べるためにわざわざ行った」という経験ではないんですけど、印象に残っているものが二つあります。
一つは、タイに初めて一人旅をした時のことなんですけど、マレーシアとの国境近くでチェンマイに住んでいる日本人のご夫婦と知り合って、「もしチェンマイに来るなら頼ってきてもいいよ」と言われたので、チェンマイに行ったんです。そのご夫婦から紹介されたのが、ベトナム人が経営するコンドミニアムでそこに一人で滞在したんですけど…佐野さん、ゴーヤを初めて食べた時のこと覚えてますか?

佐野
覚えてます。中学生の頃に沖縄に旅行に行って初めて食べて、あまりに苦くてこれって食べていいものなのか?と思いました。今は大好きなんですが…

千織
似たようなことが起こったんですよ。そのコンドミニアムでの最後の日に「もう日本に帰るのでベトナムの代表的な料理を食べたい」とお願いしたんです。そしたら、揚げ春巻きと山盛りの葉っぱだけが出てきたんです。最初は、これから何か料理が出てくるのかな?と思って、とりあえずその葉っぱを食べてみたんですけど、驚くほど苦くて「これ、食べて大丈夫なの?」って思いました。
当時まだ20代で女一人旅だったこともあって「もしかしたらこれは毒で、殺されて売られるんじゃ…?」なんて本気で考えました。でも無事に帰国してから調べたら、その葉っぱはドクダミだったんです。そのときに「自分の食の記憶の中に、苦い味の経験がなかったんだ」と気づいたんですよ。

佐野
たしかに、世界のいろいろな国で苦味というものがどんな風に認識されているんだろうって気になりますね。

千織
もう一つの話は、札幌のシアターキノの上の居酒屋で働いていた時のことなんですけど、そのシアターキノで「食と文化」というシリーズ上映を独自にやっていたんです。映画館の上の宴会場みたいなところで、上映する映画に関連したお料理を提供する企画もあったりして。それで、ある時そのシリーズでアイヌ文化の記録映画の上映があって、北大の留学生会館に行って各国の留学生に来てもらって、その国の料理を作るという企画で私たちはそのお手伝いをしていたんですけど、アイヌの方が「こごみ」を持ってきたんです。

佐野
こごみ、大好きです!天ぷらとか胡麻和えとか…

千織
そのこごみは、すごく新鮮で見たことがないほど美しかったんですけど、「どうやって食べるんですか?」と聞いたら、「ツナツナツナとマヨネーズで和える」と言われてびっくりしました。「こんなにきれいなこごみを、ツナとマヨネーズで和えるの?」と驚いてしまって。
で、それから10年後くらいに東京に来て、『ペーパースカイ』という雑誌の仕事で大島に行ったんですけど、そこで地元のおばさまたちとお料理をする企画があって、一人が明日葉を持ってきたんです。

佐野
明日葉って結構えぐみがあるし加熱しないと食べられない印象があります。

千織
そのとき持ってこられた明日葉は驚くほどきれいで、生でも食べられそうなくらいアクのないものだったんですよ。こんなにきれいな明日葉は見たことがないと思い、「普段はどうやって食べているんですか?」と聞いたら、「ツナマヨ和え」と言われたんです。

佐野
まさかここでも!!

千織
そうなんですよ。そのときに気づいたのが、ツナとマヨネーズの組み合わせって、どの時代、どの地域でも最先端の料理方法なのでは?ということで。多分どんな食材でも、ツナとマヨネーズで和えるのが、一番間違いない方法なんですよ。それが私の中で一番印象に残っている食の思い出です。

佐野
とっても素敵な千織さんらしいお話です。ツナマヨの包容力すごいですね。ちなみにご家庭での食の記憶は何かありますか?

千織
北海道の習慣だと思うんですけど、うちでは毎週土曜日の昼に蒸した芋を食べるんです。バターをのせて食べる、いわゆるじゃがバタみたいな感じなんですけど、結婚して最初の土曜日の昼に、家でやっていたように芋を蒸して出したら、夫に「ご飯の代わりに芋を食べる習慣はない」と言われたんですよ。

佐野
あ、北海道の方じゃなかったんですか?

千織
山本家では、毎週土曜日の昼に蒸した芋を食べるんです。

佐野
人生のちょっとした場面に、食を通じた交流があるんですね。良いことも悪いことも。

千織
そうですね。だから私はストイックに美味しさを追求するというより、「この人はこういう暮らしをしていたんだ」というストーリーの方が面白いと感じるんですよね。なんだか結局ずっと食と関わって生きてきたなと感じますし。

佐野
千織さんのお弁当も、そのストーリーというか、つながりみたいなものを意識して作られてますもんね。日々のメニューを決めるときに、どんなことに気をつけてらっしゃるんですか?

千織
最近はスタッフみんなが理解してくれているので、特に言わなくてもできているんですが、例えば肉と魚の両方が入る場合、どちらも揚げ物だと「揚げ揚げ」になってしまうので、肉を揚げたら魚は焼くようにするとか。

佐野
「揚げ揚げ」!なるほど。

千織
あとは、酸味が強いものが重なったときに「酢酢しすぎる」とか言いますね。一つの料理に酢を使ったら、もう一つの料理では使わないようにするとか。そういう感覚がスタッフの中でもうすごく浸透しています。「揚げ揚げ酢酢」とか(笑)

佐野
飛び交う言葉がかわいい呪文みたいですね(笑)長年作られてきて膨大なレシピがあると思うのですが、毎日どうやって選んでいるんですか?

千織
オーダー内容や季節によって、肉だったら「これか、これ」みたいな感じで選んで指定しますね。スタッフがある程度自由に作っていいんですけど、「自由に作る」って逆にすごく大変なんです。ある程度枠が決まっている方がやりやすいですね。
例えば、「ここが肉、ここが魚、ここがサラダでここが卵」という感じで大枠があって、さらに「ここにコロッケが入るかな?」というような決め方をします。ご飯がここにくるなら、肉は「鶏なのか、豚なのか、牛肉なのか、ひき肉なのか」と選んで、その中でも「鶏だったら揚げなのか、煮なのか」みたいに、どんどん枝分かれさせていきます。魚も「サーモンにするのか」、サーモンなら「揚げるのか、焼くのか、漬けにするのか、タレをかけるのか」「こっちが淡白な味付けだから、こっちはタレにしよう」とか、そういう感じですね。タレも3〜4パターンくらい用意しています。

佐野
これを毎日毎日早朝からやっているのが改めてすごいです。1日、何人のスタッフでどのくらいの数を作っているんですか?

千織
平均で150食くらいですね。200食まではギリギリいけるのですが、それが続くとさすがにきついなって感じます。150、がみんな普通にやれるライン。今は私を入れて5人でやってます。

佐野
今イメージしてみたのですが、本当にすごいです。

千織
そうですか?もう何年もやっているので当たり前になってきちゃって。

佐野
お弁当作りって普通の料理とはまた違って、品数が多いし、汁気の管理とか、傷まないようにすることとか、すごく気を遣うと思うんです。それを毎日続けるのは本当にすごいことだなと改めて思いました。
今日はお忙しいなか貴重なお話をありがとうございました!

わたしの素

数年前、家族にお弁当を作っていたことがある。栄養や彩り、味の偏りがないか、衛生面の管理、そういったことを気にしながら、お弁当を渡す人が食べる順番をイメージして、弁当箱という小さな宇宙にあれこれ盛り付けていくその時間が好きだった。そんなわけで自分が自分のために作るお弁当ももちろん好きだったけど、『大豆田とわ子と三人の元夫』のロケ最終日にチオベンを初めて食べて衝撃を受けた。ほんのり実山椒が効いたもちもちのご飯、完璧な味のバランスのおかず。ロケ弁としてのパンチもあるのに優しい味わい。揚げたてに劣らない春巻きの美味しさ。こんなお弁当があるんだなあ…と感動したあの日からもうすぐ4年。そのお弁当を作る千織さんの人生も、物事の見つめ方も、どこか千織さんが作るお弁当と似た味わいがあった。
子供が産まれてお弁当作りをする余裕をなくしていたけれど、少し暖かくなってきたし、次のお休みにはお弁当を作ってみんなでピクニックに行きたい。千織さんのレシピ集を見ながら、小さな宇宙に素敵な星を詰めていきたい。




連載

映像と記憶の扉

記事一覧