藤本信介さんへのインタビュー、後編です。
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信介
日本を離れてみて感じるのが、日本って「耐え忍ぶ文化」があるから、撮影現場では食事について不満や改善を訴えるのが難しい空気があるんだよね。それこそ忙しいときは食べないのが美徳みたいな、食べずに頑張るのが良いことだとされている雰囲気があるし。
佐野
たしかに、文句を言うと口うるさい人みたいに見られちゃうし、「お弁当を出してもらえるだけでありがたい」って思わなきゃいけないみたいな、いやもちろんありがたいんですけど、ちゃんと休憩時間をとって外にご飯を食べに行く時間を作れてないのはマネジメント側なのに、どうしてスタッフがそう思わなきゃいけないのか?とか、考え出すといろいろおかしなことはありますよね。
信介
韓国では昼も夜も休憩はきっちり1時間取るし、深夜撮影の場合は夜食の時間もちゃんと確保してるし。日本でも、立場が上の人たちが改善しようって動いてるのは増えてる気がするけど、現場のスタッフが「自分たちで変えられるんだ」って思えてないのが問題だと個人的には思う。なんか「日本じゃ無理だよ」って諦めてる感じがすごく強くて、悲しくなる。
佐野
なんでそう思ってしまうんですかね?期待したくないというか、現状を変えるのが難しいって思ってるのか、なんだか寂しいですね。そう思わせてる、ということなので自分もプロデューサーとして責任を感じますが…
信介
変えたいと思えば変えられるのに、みんなが「無理だ」って思い込んでる感じだから、それが一番の問題なんだよね。5年前くらいの話だけど、ある日本のスタッフに「韓国は現場の労働条件が12時間で決まってて、それってすごくいいことだと思いませんか?」って言ったんだけど、その人が「いや、でも俺はそれ嫌だな」って予想外の反応が返ってきて。労働時間が短くなるとギャラも減るんじゃないかって考えてる人もいて。
佐野
そうなんですか?労働時間が短くなるってだけで、ギャラは同じだと思ってたんですが…
信介
そうなんだよ。「時間が短くなると給料も減るんじゃないか」って誤解してる人もいるみたいで。だから、そういうことをちゃんと理解してもらうための教育というか、知識の広まりが大事だと思う。
佐野
ちなみに、食事のシーンの演出だったり食べ物の撮影の仕方だったりで、日本と韓国の違いを感じることってありますか?
信介
日本の場合、食事が出てくるシーンのほとんどがフードスタイリストさんが準備することが多いと思うけど、韓国の場合はお店に頼んで作ってもらったものをそのまま使ったり、お店で作ったものを持ってきて美術部さんが盛り付けて撮影することが多いように思う。以前、韓国で日韓合作の撮影した時、美味しそうに見せるためには湯気が大事だからと、直前にお湯をかけて撮影したこともあったな。
佐野
え?料理を温めて湯気を出すんじゃなくて、ただのお湯をかける?
信介
そう。もちろん時間あるときは料理を温めて湯気を出すけど、時間がないときはただのお湯をかけてた。日本のスタッフやキャストは、ええっ!?って驚いてたのを覚えてる。ただのお湯だから味が薄まって美味しくなくなると思うけど、韓国の役者さんたちは美味しく見せるためには、これくらいしなきゃ、全然問題ないよって言ってた。
佐野
現場にまつわるご飯のお話をいろいろお伺いしたのですが、プライベートの食事で、韓国と日本、それぞれの良いところってどんなところだと思いますか?
信介
韓国はやっぱり大勢で食事をとることが多いから、みんなで美味しいものを囲んで食べられるのがいいなと思う。一人で食べるよりも、みんなでワイワイ食べるのはコミュニケーションも取れるし、すごくいいなって思う。
佐野
そうですよね、特に仕事の場だとみんなで食事をすることで、コミュニケーションを取る時間が自然と生まれますもんね。
信介
一方で久しぶりに日本に長期滞在してみて感じるのは、日本はやっぱりジャンルが多いよね。韓国はいわゆる韓国料理がほとんどで、そこからいくつかの料理に分かれている感じ。例えばキムチチゲの専門店とかサムギョプサルの専門店とか、基本的にほぼ全てが韓国料理の専門店というイメージなんだけど、日本はもっと幅広くいろんなジャンルがあるから選ぶ楽しみがあるよね。メニューの数が多いのにどれも美味しいし。
佐野
そもそも和食、中華、イタリアンとかジャンルもいろいろあるし、その中でも例えばラーメンひとつ取っても、味噌とか醤油とか、とんこつとか、さらにはまぜそばとかつけ麺とか、
派生がたくさんあって。
信介
そうそう、どんどん進化していく日本のラーメン文化は世界に自慢したくなるレベル。逆に韓国料理は基本的には進化というより、昔からのメニューをしっかり守っている感じがする。だから、どの店に行っても同じようなキムチチゲが出てくる。もちろん美味い不味いはあるけど、その幅は狭いから新しい驚きは少ないというか。でも、それだけどこでも基本的に美味しいってことだと思うけど。
佐野
あと、日本だと一人で食べられる店がたくさんありますけど、韓国ってやっぱりみんなで食べることが前提だから「一人分の料理」をあまり見ない気がします。
信介
日本は新しい食文化がどんどん生まれるし、酒の種類もすごく豊富だよね。韓国では選べるお酒の種類が少ないから、日本の豊富さにはびっくりする。次、何飲もうかなあっていう幸せが日本にはある。
佐野
たしかにお酒の種類の豊富さは日本の強みだと感じますね。韓国だと基本的にビールか焼酎か、たまにマッコリぐらいで、選べる幅が少ないですよね。
信介
そうそう、韓国ではみんなで同じお酒を飲むことが多くて、ボトルでシェアする感じだから、個別に好きなものを選ぶ文化があまりないかも。お酒って味わうというよりも、みんなで楽しむために飲むものっていう感じだから、そういう意味では、日本の酒文化は素晴らしいと思う。
佐野
食やお酒文化の違いも、それぞれいい面も悪い面もありますよね。個人の好みで選べない反面、みんなで食べることが前提なのが韓国の良さでもあると今回のお話を聞きながら改めて感じました。
信介
あと、食に関して韓国の好きなところは韓国人はたくさん食べる人が大好きということ!美味しそうにたくさん食べてる人を見て幸せを感じるのが韓国人。映画の仕事しようと韓国に渡ってすぐにそれに気づいた自分は、自分を気に入ってもらおうと、人前では美味しそうにたくさん食べるように心がけてた。お腹いっぱいでもお腹すいてるふりしてご飯奢ってもらったりして。1日5食、食べた日もあったと思う。その後、仕事関係で食べる時とか初めて会う人の前までは特にたくさん美味しく食べる癖がついたかも。
佐野
韓国って挨拶自体が「ご飯食べましたか?」ですよね?
信介
そう。挨拶自体が「食」に関係してて、なんかいいなと思う。考えてみたら、どの国でも、美味しそうにたくさん食べる人って絶対好かれると思うんだよね。美味しそうに食べてる人を見ると人って幸せを感じるんだと思う。美味しいものが嫌いな人は絶対いないと思うし、美味しそうに食べてる人が嫌いな人も絶対いないと思うし。だから、たくさん食べる人はどの国行っても受け入れられると思う。
佐野
しかし今回改めて信介さんの話を聞くと、韓国での単身渡航から今まで本当に波乱万丈ですね。最初は自己紹介だけだった韓国語も、今は現場の通訳までやられてて本当にすごいなと思うのですが、言葉の壁ってまだ感じますか?もうほとんどなくなった感じですか?
信介
いや、全然あるよ。完全になくなったってことはない。映画とかでも専門用語とか聞き取れないこともあるし、例えば政治の話とかになるとまだわからないこともたくさんある。
佐野
それはたしかに母国語でも難しいことが多いですもんね。
信介
特に韓国語では、細かいニュアンスとか言い回しが難しいこともあって、何度も聞き返すこともあるし、自分の言ってることが伝わらなくて聞き直されることもあるし。今でももちろん悔しい思いをすることもあるけど、重要なのは言語能力じゃなくてコミュニケーション能力だと思う。お互いに心から理解し合おうとする気持ちがあれば、言語の壁なんて十分にカバーできると思う。伝わらない場合は、一緒に美味しいものを食べれば、心が通い合う、それが自分が韓国にずっといる理由かもしれないなあと。
佐野
これからも韓国でお仕事を続けられるんですか?それとも日本に拠点を移す予定はありますか?
信介
日本と韓国を行ったり来たりしながら、できれば日本にも拠点を持ちたいと思ってる。日韓の架け橋って言葉を使うと固くて真面目くさく感じるけど、でも自分はやっぱり日韓の架け橋になりたいみたい。だからその役割をもっと強化するために、両方の国でもっと自由に活動できたらいいなと。
佐野
次回またお酒を飲みながらそのあたりのお話をじっくり聞かせてください!
わたしの素
10年前、初めて行った韓国出張で信介さんと出会ってから、半分ぐらいは信介さんとソウルでご飯を食べるために渡韓するようになった。その度にたくさんの美味しいご飯や美味しいお酒を飲んだ。屋台で食べるいろんな味のチヂミ、二日酔いの朝食べるソルロンタンやプゴク、飲み比べを楽しむマッコリ。日本の友人たちを連れて行って大きな鍋をみんなで囲んだり、信介さんの韓国の友人を紹介してもらって一緒に焼酎を飲んだりもした。信介さんとの思い出にはすべて、日韓現場談義とおいしい記憶がセットになっている。この冬にはまたソウルでご飯を食べる約束をしている。お酒を飲みながら、これからの仕事の展望をじっくり聞くのが今からとても楽しみ。