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瀧悠輔監督へのインタビュー「映像演出の世界で食が伝えうるもの」【後編】

瀧悠輔監督へのインタビュー「映像演出の世界で食が伝えうるもの」【後編】

瀧悠輔監督へのインタビュー、後編です。

前編はこちら

佐野
瀧さんは大豆田の後ぐらいから取り組まれる仕事が変わってきた印象があります。配信作品が多くなっていって。


そうですね。たまたまいただける仕事が配信系のものに移行していった感じです。地上波をやらないつもりは全くないんですが、配信の仕事はオファーも早いし長期間拘束されるので、地上波の仕事が受けづらくなることもあるんですよね。

佐野
プリプロ(撮影前の準備)のスタートも早いし、撮影もポスプロ(撮影後の仕上げ作業)も長いですしね。地上波とはどんな違いを感じていますか?


やっぱり大きな違いは予算と時間ですね。多少乱暴な言い方をすると、1日に撮影しなければならない分量が、配信だと地上波の半分になります。例えば地上波が1日平均10ページぐらいだとすると、配信ドラマは5ページです。もちろん内容によりますが、感覚的には日本の映画と同じぐらいのペースです。会社にもよりますが週1以上の完全撮休がルール化されていますし、撮影の始まりと終わりの時間も決まっています。

佐野
お恥ずかしい質問ですが、それってちゃんと守れるものなんですか…?撮影現場ってどうしてもルールがあってもなし崩しになるというイメージがあって。


どんなに切羽詰まっていても守りますし、そもそも1日5ページだとそこまで無理をすることも少ないです。あと、現場的に大きいのは「全ケータリング」ですかね。

佐野
全ケータリング??全部ですか??


はい、本当に全部です。いわゆる「ロケ弁」がないんです。移動飯とかもないんです。

佐野
最高じゃないですか!!すごい。


僕はここ3、4年移動飯してないかもしれないです。もちろんケータリングが物理的にできない撮影環境もあるんですけど、基本的には弁当を食べることがなくなりました。

佐野
休憩時間に温かいご飯が用意されているんですね。めちゃくちゃいいですね。


撮影中に温かいご飯が食べられるって、こうやって言葉で言っている以上に意味があることだと思います。

佐野
そもそもお弁当を用意してもらえるっていうこと自体とてもありがたいことですけど、なんていうか「撮影中は冷たいお弁当を3食食べる」ことが当たり前すぎて、疑問に思ったことがなかったです。


若い人たちがこれからこの仕事をしようと思ったときに、あまり魅力的な生活ではないですよね。

佐野
本当にそうですね。実際自分が20代に戻ってこの仕事を選べるかどうかわかりませんから。変わった方がいいと思います。


お弁当がダメというわけではないですが、例えば技術美術チームの人たちは1年の8割ぐらい撮影をしてる人も多いので、ずっとお弁当を食べていると体にもあまりよくないですよね。温かいご飯や汁物、野菜がある方がシンプルにいいですし。

佐野
制作費が減る一方の中、食費はどうしてもカットされがちですが、そうなるべきですよね…。綺麗なトイレに行けるとか、夜はちゃんと寝られるとか、そういったことも整えていきたいところですが…。


スタッフやキャストに無理をさせないで制作したいですしね。そういえばベビーシッター制度のある場合もあるんですよ。

佐野
なんと!噂には聞いていましたが本当なんですね。羨ましい!


スタジオ撮影のときは常駐しています。ロケだと場所的になかなか難しいこともあるんですが基本的に常駐しています。

佐野
すごい。私も子供を産んだので、次の作品の撮影の時どうしようかな、と今から頭を抱えています。


撮影現場で働く女性の復帰のタイミングも変わりますよね。
佐野:出産とともに辞めてしまう女性も多い業界ですが、撮影現場にベビーシッター制度があったら復帰できる人ももっといそうですよね。撮影はどうしても朝早くて夜も遅いので、保育園に預けることもできないですし…。


全ケータリングもベビーシッターもそうですが、人間としての生活をしながら、ちゃんと仕事ができるというのはとても大事なことだと思います。今の撮影現場のままの価値観でこのまま進むと、この仕事を選べなくなる人が増えると思うんですよね。

佐野
制作環境の違いが地上波と配信でそういうふうにあるのは理解できたのですが、例えばやってみての実感とか、手応え的にはどうですか?


スケールの大きな作品をやらせてもらうようになって、クオリティにおいて求められることが変わってきました。脚本上のハードルとか、撮影の物理的なハードルはやっぱり上がっています。

佐野
そのハードルって例えばどういうことですか?


ちょっと乱暴に言うと、いわゆる派手な展開とか非日常的な要素が求められることが増えました。あと、正面突破が求められます。

佐野
正面突破?


これまでは、予算がないから撮影の仕方を工夫するとか、そういう「工夫する」っていうことばかりをやってきた感覚があるんですよ。

佐野
たしかに、撮影前はいつもそういう話し合いばかりしていますよね。


ただ配信では、そういう回り道をせずに、とにかく真正面から乗り越えてくださいっていうことを求められることが多くなりました。

佐野
なるほどそういう意味での正面突破か。お金はかかってもいいから真正面から台本を実現すると。
そういえば『エルピス』も、最初は地上波でやる予定ではなかったので予算とか一切考えずに台本を作ったんですよ。そこから関西テレビで放送することになったので、テレビの予算内に収めるために相当台本を削りました。 例えば、ここは車の中のシーンではなく局の廊下の設定にしようとか。そういう作業ってテレビドラマ作ってるといっぱいあるじゃないですか。で、結果でき上がったものを見たときに、もちろん台本を削るときは思い入れがあるから「ここは車の中じゃなくなっちゃうのか、残念だ」とか、そういう気持ちがあったんですけど、ここは削ってよかったなとか、ここはこっちに変えてよかったなとか感じることが結構あったりするんです。仮にもっと潤沢な予算がある配信メディアで『エルピス』をやっていたら、台本を削らずにそのままできたかもしれないけど、その方が良かったかどうかはわからない。そういう一期一会みたいなところもあったりして、今の日本で世界と戦えるドラマを作るためにどうしたらいいかって考えると、正面突破できる金銭的リソースはもちろん欲しいけど、必ずしもそれが正解とも限らないんじゃないかな?という難しさを感じます。


佐野さんの言っていることはよくわかります。ただ、現状日本の撮影現場がめちゃくちゃ遅れてると思っていて。

佐野
例えばどんなところですか?


例えばここ数年でいわゆるLEDパネルを使った撮影(スタジオ内で背景を巨大なLEDスクリーンに映し出してその前で撮影をする手法)をやったんですが、そもそも映画、ドラマの背景で使えるサイズのLEDパネルがほとんどないし、大きなものがあってもそのパネルが入るスタジオがないんですよね。そういった新しい撮影手法を実現するには、多くのハードルがあって。だから、とりあえずやってみようと言ってやっていかないと進めないなと感じました。その作品がその撮影に向いているかとか活かせるかとかそういうレベルじゃなくて。経験が必要です。とにかくトライをしていかないと、経験が積まれないですからね。VFXとかもそうですけど。

佐野
たしかに『七夕の国』も、VFXシーンが満載でしたもんね。

■配信表記:ディズニープラス「スター」で独占配信中
■クレジット:Ⓒ2024 岩明均/小学館/東映
■原作表記:岩明均「七夕の国」(小学館刊)


そうですね。変な形になっちゃった人間、とか出てくるんで。特に難しかったのは特殊造形とVFXの合わせ技です。山田孝之さんがやってくださった役はいろいろテストした結果フルメイクなんですよ。生身はほぼゼロで。

佐野
そうだったんですか!いろんな意味で地上波ではそのチョイスはなかなかできないですよね。


本人との話し合いの中でそうしようと決まったんです。そこまでのフルフルの特殊メイクっていうのもこれまでやっていなくて初めての経験でした。制作過程で避けてきたことが多すぎるなあ…と改めて感じました。

佐野
全部フルで作るとお金もかかるし、時間もかかる。毎回ゼロからフルメイクするとどのぐらい時間がかかるんですか?


マックスで3、4時間ですね。

佐野
それだと選択肢にも載せられないことがほとんどですね。


そうなんですよ。もちろんメリットもデメリットもあるけど、そもそもそこにたどり着かない。当たり前ですけど選択肢がいくつかあって、その中からベストを選べるのが一番いいですよね。正面突破がいいのか、工夫した方が作品としていいのか、選べるのが理想です。

佐野
全部正面突破じゃなくて、日本らしいチョイスの先に生きる道があるような気はしますが、これしかできないからこれで突破するんじゃなくて、やってみた上で、生き残る道を選べる方がいいですよね。
そして瀧さんと話しているとこうやってずっと撮影現場のああだこうだの話ばかりしてしまうので、話題を急に変えますが(笑)、瀧さんの好きな映像作品の食事シーンってどんなものがありますか?あと、自分が食事シーンを演出するときに気をつけてることとか。


基本はやっぱり食べ物、食事を美味しく撮りたい欲求みたいな、美味しく見えるようにしたい欲求みたいなものがあります。それだけでちょっと作品が面白くなる気がするんですよね。そう思ったきっかけは、『深夜食堂』なんですけど。

佐野
『深夜食堂』やっていたんですね!知らなかった。


シーズン1の助監督をやっていたんですけど、食事シーンを美味しそうに撮ることの大事さを学びました。すごく狭いセットなので助監督1人で撮影の段取りをやっていたんですが、とても美味しそうに撮っているし、実際に食べても美味しくて。そこからは、どんなドラマをやる時も、料理を作っている工程だったりとか、完成した料理の美味しそうなカットだったりは必ず撮るようにしてます。

佐野
私は『王様のブランチ』のADをやっていたときに、グルメコーナーのADさんからご飯を美味しそうに撮る方法を学びました。別日に撮影するいわゆる「物撮り」はライ
ティングとかも自分たちでやることがあったので、ご飯が美味しそうに見えるようにするにはどう照明を当てたらいいのか工夫して。
瀧:美味しそうに撮るのって、結局食への興味なんですよね。監督でもカメラマンでも、美味しそうに撮れる人と撮れない人がいますからね。
佐野:料理好きな監督は多いって言いますよね。演出と料理は似ているっていう話も聞きますし。振り返ってみると、自分が好きな映画やドラマの食事シーンって、すごく美味しそうなんですよね。例えば、伊丹十三さんの『タンポポ』のラーメンとか。


そうですね。食事シーンが魅力的に撮られていると、その作品全体のクオリティも上がる気がします。

佐野
食は人間を描く上で重要な要素ですからね。食事をするシーンを作るときに、その人の見方や感じ方が出ますよね。役者さんも食べながら喋れる人ってすごいなって思います。松たか子さんとか本当にすごい。


セリフが多少聴こえづらくなっても、食事シーンのリアリティが伝わる方が大事だと思います。別に最悪聴こえなくても、何かが伝わるみたいな。何を食べているかもそうだしどう食べているかもそうだしいろいろなものが見えるじゃないですか、食事には。だからそれでセリフがちょっと聞こえづらくなることも込みで伝わるものがあれば。

佐野
OKですよね。何をどんなふうに食べているか、でキャラクターが表現されますからね。


『ベター・コール・ソウル』のカップケーキのシーンとか。

佐野
最終シーズンのシナボン!


あのショッピングモールの警備員を、ジミーがシナボンで誘惑するシーン。あの太った警備員の男性がめちゃくちゃ美味しそうに食べるんですよね。あの食べ方がすごい。

佐野
『ベター・コール・ソウル』では、朝ジミーがスムージーを作ったりとか、キムとジミーが中華のデリバリーしたりとか、そういうのも素敵でした。


食べているものでキャラクターが表現されるって大事ですよね。

佐野
そういうところをおざなりにしないっていうか、人間と食って深く結びついてるはずなのに、ドラマで登場人物を描くときにそのことが忘れられがちですよね。
『大豆田』のとき、助監督の一人が食事のシーンで赤ワインを用意していたんですが、フードスタイリストの飯島奈美さんが「このメニューには冷やした白の方が合うんじゃないか、とわ子はきっとそういう食との合わせを気にする気がする」と言ってくださって。食事のシーンを通じてその人のキャラクターが伝わるようにするのってすごく大事だなと改めて気付かされました。


そういう密度の濃い設定をちゃんとしていきたいですね。

わたしの素

食を通して人柄、キャラクターを表現できるということは元々知っていたことのようで、今回瀧さんと話しながら改めて気付かされたことでもあった。
どこで、誰と、何を、どんなふうに食べるのか。
たしかにそこには人間の生きる様が大きく表れるように思う。
先日大切な友人と久しぶりに会って食事をした。
二人で一緒に選んだ、とても丁寧に作られた牛肉の煮込みを食べながら、今日のこの時間にとてもふさわしいご飯だ、と感じた。
これからはドラマを作るときに衣裳合わせをするように、食の合わせもしたい、そんなふうに思った。



監督・瀧悠輔
堤幸彦の助監督等を経たのち、ドラマ、映画の監督として独立。現在、ドラマ『七夕の国』がディズニープラス「スター」で独占配信中。
インタビュー・写真撮影:CANSOKSHA

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