──── 『大豆田とわ子と三人の元夫』では松たか子さんの、『エルピス』では長澤まさみさんのスタイリングをお願いしたスタイリスト杉本学子さんに、スタイリストになったきっかけから、制作現場やご自身の生活での「おいしい記憶」についてお話をお伺いしてきました。
佐野
なんだか改めてインタビューっていうと緊張しますが、今日はまず、いつどうしてスタイリストになりたいと思ったのかというところからお聞きしたいです。
杉本
「スタイリストになりたい」とはじめて思ったのは中学生の時です。
佐野さんと同じ年齢なので伝わると思うんですが、私たちが育った世代がまだインターネットやSNSではなく、雑誌から発信されるファッションや情報がすべてで、お小遣いで一生懸命雑誌を買ってました。miniとかSEDAとか、あともっとストリートだとFRUiTSとかKERAとか。
佐野
Zipperとか。
杉本
そうです!兄がいるのもあって、メンズの洋服も好きだったから、smartとかMEN'S_NON-NOも見てたし、広末涼子さんがNIKEのエアマックス95を履いてたのとか、超かわいくて。
佐野
かわいかったですよね、夢中で読んでました。
杉本
本当に洋服が好きでたまらなくて。大きなきっかけをくれたのは、幼なじみに女優さんがいるんですが、その子はもう働いていたので「洋服が好きならスタイリストって仕事も面白いよ」って教えてもらって。それまで服が好きでも将来の仕事にしたいとかは考えてなかったですし、スタイリストっていう職業も知らなかったんですけど。
佐野
あの頃は読者モデルの全盛期だったし、デザイナーは知っててもスタイリストっていう仕事はあまり前に出てなかったですよね。
杉本
そこでスタイリストっていう職業に興味を持ち、調べれば調べるほど自分に合ってるなって思って。兄の服を選ぶのも好きだったし、洋服のデザイナーさんと消費者との架け橋になる仕事がスタイリストだと思ったので、やってみたいなと思いました。
佐野
矢沢あいさんの『ご近所物語』とか『Paradise Kiss』とかでデザイナーという仕事は知っていたし憧れたりしたけど、たしかにスタイリストという仕事を知ったのはもっと後かもしれないですね。
杉本
たしか私たちが高校生とか専門学校生のときに、さらに、いわゆるスタイリストブームというのがあって、山本康一郎さんや野口強さんとか祐真さんとか、雑誌でスタイリストが前に出る時代になって脚光を浴びたけど、それまでは本当に裏方の仕事だったから。
佐野
お友達の女優さんのその一言で、中学生で一気に明確な夢ができたんですね。
杉本
そうですね!これだ!!ってその時思ったんですね!
スタイリストはずっと夢で、でも悩んだり、不安もあったり、違うことをやりたいと思った時もあったんですけど、結局は洋服が近くにあったんですよね。
佐野
高校を卒業して専門学校に行ったんですよね?すごいですね、その時点でこの仕事だって決めて進んで、ここまでやって来れるって・・・
杉本
自分にすごくコンプレックスがあったから、洋服って勇気をもらったりモチベーションを上げてくれたりするものだったから、すごく大切にしてたし、それに関わりたいと思ってがんばってきました。
佐野
今日特にお聞きしたいなと思っているのが、「夢を叶えた後の話」です。自分のモチベーションをどうやって保ち続けていくか、っていう。
私たちみたいに40代になって、幼い頃の夢を一度叶えられた、と思った人たちの次のハードルというか。30代でどうにか仕事が形になってきて、さてこれからどうしようか、っていう気持ちになりますよね。
杉本
ほんとに。スタイリストにはなってるけど、もちろん何年経ってもやりたい夢は続いてて、ただ洋服に関わる仕事でいうと、自分がスタイリストとして、デザイナーっていう職業にすごくリスペクトがあるから、例えば自分が何かをデザインして作るっていう発想はなくて。それに、ちょっと乱暴な言い方をしてしまうと、今から洋服で何を作っても、特別な天才的な発想がないと「何っぽい」ってなっちゃうと思うんです。
佐野
確かに。「○○っぽい」となってしまうのは仕方のない部分もあるけど、オリジナルを作った人へのリスペクトがあるかどうかも大事ですよね。
杉本
オリジナル、元ネタを知らずにかわいいと思って買ってしまう事もあるし、仕方がないこと、難しい部分もあるなと思うのですが・・・
佐野
知ってて、でもオリジナルは買えないからあえてっていうんだったら仕方ないと思う部分もあるけど、もはやその文脈すら失われている感じはありますね。ドラマの世界もそうですけど、オマージュだったはずなのに、その文脈が伝わっていないからあたかもそれがオリジナルのように捉えられてしまう、とか。
杉本
だからやっぱり、そういうことで服へのトキメキが薄くなってしまう部分もあるし、もちろんそれでも変わらず服は好きだし、スタイリストという仕事をこれからもずっとしていきたいんですけど、好きだからこそ1回少し違うモチベーションを持つのもいいのかなと最近思っています。
佐野
たしかに、全然違う人生の軸がもう1本あった方が、本筋というか、本業の方もより頑張れる、みたいなことはありそうですよね。ちなみにどんな別筋を考えてるんですか?
杉本
実は、食に関わるお仕事なんです。
佐野
なんと!それはどんなきっかけがあったんですか?
杉本
少し前まではずっと雑誌とかCMとかの仕事を中心にやってきたんですけど、ドラマをやるようになって、佐野さんと一緒にやらせてもらった『大豆田〜』で(フードスタイリストの)飯島奈美さんに作ってもらった食事がとても美しくて、あのドラマの中では、とわ子さんたちの洋服も食事も、生活の全部がリンクしあってると思ったから、食事にも関わってみたいと思いました。
佐野
初めての長い映像の仕事は『大豆田〜』だったんですか?
杉本
CMとかはありましたけど、いわゆる「物語」を担当したのは『大豆田〜』と『着飾る恋には理由があって』(2021年、TBSテレビ)ですね。それがたまたま同時期でした。それまで長物の映像ってやったことがなくて、初めてその世界に入ったときに、そこで生きている人のその瞬間、をスタイリングすることがそれまで主題だったのが、もっともっとその人のパーソナリティを突き詰めていかなきゃいけないってなったときに、この人はどういう生活をして、どういうものを食べて、どういうところに行って、どういうものを着ているかというプロセスを経てスタイリングすることが自分にはものすごく新しかったんです。
佐野
たしかに『大豆田〜』の時は、とわ子の着回しのこととか散々話し合いましたよね。あと、パジャマと部屋着の問題とか。
杉本
そうそう!
佐野
とわ子は家に帰ったらまずどうする人なのか。家の中のシーンが多かったから、キッチンに立つときには外で着た服の上にエプロンをしているのか、一旦部屋着に着替えるのか、お風呂に入った後はすぐパジャマを着るのか、ローブやガウンを着るのか。そういうのって実はものすごくキャラクターがでるから、スタイリングによって人物の表現をできることがたくさんあるなって改めて気付かされました。それまでは衣裳部の方に任せていたことが多かったから、最初の衣裳合わせでどんな服を着るかの打ち合わせはやっても、そうした細かい設定まで話し合ったことがなかったから、私にとっても貴重な経験だったし、本当はどの作品でもそれを全部やるべきだなと思いました。
杉本
そうですね。やっぱりとわ子さんみたいな人は美味しい食事も好きだろうし、「料理が上手」かどうかはわからないけど、そういうことにもこだわってるんだろうなと思って。
佐野
美しいもの、美味しいものちゃんと興味がある人ですもんね。
『大豆田〜』以降、長尺の映像の仕事をされるようになって、印象に残ってる現場の食事ってありますか?現場での食事ってロケ弁とかケータリングから、映像の中の食事のシーンもあるし、自分が好きな映画やドラマの食事シーンとか、どんなことでも。
杉本
撮影の現場で食に関して感じるのは、スタッフの人たちがちゃんとご飯を用意してくれる、それだけでも本当にありがたいんですが、さらにそこに、食に対して「これを食べたらみんな嬉しいだろうな」とか、撮影現場は過酷なので体に良いものとか、食に対してポジティブな気持ちが感じられるご飯は現場の雰囲気を良くするなってことですね。食ってすごく人のモチベーションを上げるものだと思うから、出来上がったものを見てスタイリストとして参加して良かったなと思う現場は、食も良いことが多い気がします。
佐野
確かに、毎日の撮影のお弁当の用意や配布って、自分も最初についたドラマでやってましたがとても大変ですし、配られるロケ弁で現場の空気が作られる部分はありますね。夏のロケ現場とか衛生問題もあるのでどうしようもないことも多いんですが、例えば揚げ物ばかりが続くと体がまいってきたり・・・
杉本
本当に、本当に。野菜ゼロのお弁当が続いたりね。でもそれってチームに対する愛情でもありますよね。予算もあるし、安いとか高いとかではなく、少しの心遣いを感じると嬉しくなりますね!
ご飯を用意するって人を思う気持ちだと思うから、それが現場の雰囲気にも影響しますよね。自分がご飯を用意するときは愛を持ってやりたいと思うし。
佐野
良い現場の環境作りってまずは食事からっていうのはありますよね。この前韓国に視察に行ったんですが、映画の現場で夜休憩で飲食店を貸切にしてスタッフキャストみんなでご飯を食べるとか、ケータリングで温かいものを食べるのが基本になってて、それだけで本当に羨ましいですよね。
杉本
めっちゃ大事ですよね。食べてるときにいろんな話をしたりもするし、私も現場にずっといられる仕事ではないのでそんなにお弁当を食べる方ではないけど、大事なんだろうなというのは思います。予算があるからとかじゃなくて、例えばコーヒーのコーナーとか、スタッフがリラックスできる、小さなものだけでも何か用意してるっていうのは素晴らしいなって思うし。
佐野
前にお弁当が出せないチームで仕事をした時に、なかなかコミュニケーションをとる場がないなっていう感じたことがありました。撮影中にお弁当を食べる場合は、だいたいみんなで同じところで食べるから。特にコロナのときは撮影中ずっとマスクをしてて、顔すらよくわからなくて、でもお弁当のときはみんなマスクを外すから、あの人こんな顔してるのか!とか。
杉本
そういうのはありますね。ご飯食べてるときにだけ、全身の様子がわかるみたいな。
佐野
めっちゃ早く食べる人なんだな、とか、カップ麺持参してるんだな、とか。その人のキャラクターもわかりますよね。
杉本
あと、映画の中の好きな食事のシーンでいうと、ベタなんですがラピュタのパズーが食べるトーストと目玉焼き!
佐野
あれはもう・・・
杉本
素晴らしいなって思って。
佐野
ですよね。ジブリの映画の食事シーンが素晴らしいのって、たぶんこれまでいろんな人がいろんな分析してると思うんですけど・・・何なんですかね?
杉本
全てがすごく美味しそうに見えて。
佐野
もちろん作画の素晴らしさもあると思うんですけど、音とか、匂いはしないはずなのに匂いがするじゃないですか。それって何なんですかね、ああいうことを頑張って目指していきたいですよね。実写で再現しているものをみても、やっぱりアニメで観るあの画方が美味しそうって思ってしまう。実写より美味しそう。
杉本
卵の黄身とかも。
佐野
あの黄身の中に夢が詰まってますよね。
私も助監督の頃は撮影で食事のシーンが出てくると、段取りは大変だし用意しなきゃいけないものがたくさんあるし、正直面倒くさいなと思ってたけど、今はちゃんと食事のシーンが描かれているかどうかが、好きな作品かどうかの基準にもなってるぐらい食事のシーンが大好きで。例えば最近映画の『FARGO』を久しぶりに観直したんですけど、フランシス・マクドーマンドが、ずっと何か食べてるんですよ。ドーナツとか、ずっと食べながら捜査したり同僚や家族と会話したりしてて。あの作品の面白さってもちろんいろいろあるんだけど、人間が本当に生きてる感じというか、自分が行ったことがないアメリカのあの地に、きっとこういう人がいるんだろうなって思える説得力があって。その説得力を作るのに、食事と衣裳がすごく大事だと思いました。
杉本
ソフィア・コッポラさんの映画も好きなんですけど、劇中で出てくる食事にもすごくこだわってる印象があって、スイーツもそうだし、あと例えばテーブルセットとか、そういうのもすごく勉強になるなと思います。
佐野
素敵な生活とか、素敵な衣裳とか素敵なご飯とか、そういうものが日本の映像業界でなかなか描かれないのはなぜかと考えているのですが、もちろんいろんな理由があると思うんですが、業界全体の人件費が安すぎて、スタッフがそもそも「いい暮らし」というものがどんなものかわからないということも理由の一つだと思っています。実際そういう話を現場で見聞きします。
杉本
そうですよね!例えば洋服や食事以外でも、こういう性格のこのキャラクターはどんな車に乗るのか、という話の時に、意思決定をする人がそもそもあまりよく知らないから、ちょっと的外れのように感じる車が現場に来てしまったりして。単純にお金のある無しっていう問題じゃなくて、例えば私が学生のときも、どれだけお金がなくても頑張ってお金を貯めて1枚の素敵な服を買うっていうトキメキがあった。これが欲しい、これを食べたい、これがいいっていう選択をしてきたけど、今ってなんとなく、「これがいい」はなくて「これでいい」っていうことが増えてると思うんです。
佐野
そもそも日本の社会全体が貧しくなって余裕がなくなっている、っていうこともあると思いますけど・・・。
杉本
洋服の世界でも、安いものもどんどんクオリティが上がってきて、これでいいじゃんっていう。これとこれ何が違うのって。例えばインスタで見たから、綺麗な景色を自分で見るんじゃなくてこの画面で良くない?みたいな感じになってることが多いように思えて、それは残念だなと思ってて。
佐野
経験ということの価値も、物の価値も、けっこう変わりましたよね。私たちが価値観を形成した思春期と今が大きく変わったから、それがいい悪いじゃないんだけれども、一抹の寂しさも感じます。
杉本
私は人生にトキメキを持ちたい。こんまりさんみたいなこと言ってるけど(笑)
・・・後編につづく