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私たちの友だち。

「今日もていねいに。」の扉

私たちの友だち。

前回の続き

9thアヴェニューを51丁目まで北上すると、交差点の角に人だかりが出来ていた。
集まった人をかきわけて見てみると、高さ10センチほどの紙人形がアスファルトの地面から数センチ浮かんでいた。人形の足は紐になっていて、先端に靴がぶら下がっていて、踊っているかのように足をゆらゆらとさせていた。

男が「座れ!」と言うと紙人形は地面にパタンと倒れた。そして「起きろ!」と言うと、また宙に浮いて踊り始めた。

男は紙人形をおもしろおかしく操り、「さあ、みなさん、この紙人形を買いませんか? たったの20ドルです。家で紙人形と一緒に遊びましょう」と言い、パッケージされた紙人形を見物人に売り始めた。

「遊び方は説明書に書いてあります。さあ、どうぞ」と男は声を張ると、「ひとつください」と一人の女性が男に20ドルを渡した。すると若い男が「僕にもひとつ」と言って買い求めた。結局5人の見物人がその場の雰囲気に呑まれて紙人形を買っていた。男は、あっという間に、道端で100ドルを売り上げた。

僕はしばらくその場から動かずに男を観察していた。すると、「なんだい? 君も紙人形を買いたいのかい?」と男が聞いた。「いや、買わないよ。紙人形をどうやって操っていたの?」と聞くと、「20ドル払えば教えてあげよう」と男は笑った。

「20ドルは高いなあ」とつぶやくと、「20ドルでこの仕掛けを知れば、明日から君も道端で商売が出来るんだぞ。うまくいけば一日に200ドルくらいは稼げる。そうすれば20ドルなんてすぐに取り戻せる。いいかい、人は紙人形を買っているんじゃないんだ。仕掛けという「感動」のために20ドルを払って、たとえば、家族や友人に紙人形を操っているところを見せて、驚かせたり、面白い!と、ほめられたりしたいんだ。自分が主役になりたくて、そのための「感動」に20ドルを払うんだよ」と男は言った。

単なる手品というか、からくりと言ってしまえばその通りだが、モノではなく感動を売る。しかも道端で。この出来事にとても衝撃を受けた。こんな考え方を日本で知ることは無かったからだ。感動さえ発明すれば、モノはなんでもいいんだ、と。

「いろいろ話してくれてありがとう」と言うと、男はニコッと笑って「僕はダニー。君の名は?」と言って手を出した。「よかったら明日の昼頃、10 thアヴェニューの角においでよ」とダニーは言って、その場を去っていった。

ダニーと出会った角を曲がると、すぐにワシントン・ジェファーソン・ホテルはあった。ホテル名の入った看板はなく、両開きの入り口ドアの横に鋳物のプレートがあるだけで、何も知らなければ普通のアパートにしか見えない建物だった。道を挟んだ反対側には、十字架のネオンサインが飾られた教会があった。

ドアを開けると、薄暗いスペースがあり、数人の男女がベンチにうなだれるように座っていた。ホテルの受付はどこだろうと見渡すと、昔ながらのシャッター式エレベーターの横に小さなカウンターがあった。近づくと白髪まじりのメガネをかけた男が僕をじろっと見て「何か御用ですか?」と聞いた。「あのー、414号室の夫婦はいらっしゃいますか?」と聞くと、ほんの少し考えてから「ああ、すぐ隣の食堂にいますよ。きっと」と教えてくれた。

外に出て探すと、ホテルの横には空き地があり、その隣の建物の1階にカウンターだけの小さな食堂があった。昔のアメリカ映画で出てくるような24時間営業の店だった。重いドアを開けて、カウンターに座っている客の中から夫婦を探すと、その姿は見えないので帰ろうとした。すると「あらまあ、あらまあ!」とカウンターの中から声が聞こえた。振り向くと、にこにこと笑った夫婦がエプロンをしてカウンターの中に立っていた。「よく来てくれましたね。さあさあ、ここに座って」とおばあさんは言って、カウンター席のはじっこに座らせてくれた。

「今朝はありがとう。あなたの親切にほんとうに感謝しているのよ」とおばあさんは僕の手を握り、「ここは私たちの店。もう50年も続けているの」と言った。
すると、「ここのエッグベネディクトを食べ続けて、もう30年さ。ニューヨークでいちばんおいしいんだよ」と隣に座った常連風の老人が僕の肩を叩いた。

「3時になったら、交代の人が来て私たちはホテルに帰るからそれまでここに座ってコーヒーでも飲んで待っていてくれない?」とおばあさんが言った。おじいさんは何度もうなずいて、分厚くて重いマグカップにコーヒーをなみなみに注いでくれた。夫婦が食堂の経営者だったことに僕は驚いた。

とにかく古ぼけた食堂だけど、ステンレスの厨房はぴかぴかに磨かれ、床や壁など、すみずみまで掃除がされているのがすぐにわかった。料理はおばあさん、飲み物などはおじいさんという役割だった。キッチンでは、焼き立てのおいしそうなマフィンがいくつも積まれていて、いい匂いをさせたチリビーンズの鍋から湯気が上がっていた。「今日は夕食を一緒に食べましょう。お礼をさせてね」とおばあさんは言った。

おばあさんは「私たちの友だちよ」と店の常連に僕を紹介をしてくれた。
着いた日から出会いばかりのニューヨーク。僕はこの街が好きになった。

わたしの素

アメリカのホームメイドクッキーは、日本におけるおむすびみたいなもの。ドライフルーツやナッツ、チョコチップなど、様々な具材を好みで混ぜたり、クッキーの生地を手で丸めるのもおむすびと一緒。大きくて平たいのや、まんまるで分厚いのなど、おかあさんの手の味がするホームメイドクッキー。作るのも食べるのも大好きな料理です。アメリカの友だちの家に行くと、必ずと言っていいほど、焼いてごちそうしてくれるのもホームメイドクッキー。

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