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料理がおいしくなる魔法。

「今日もていねいに。」の扉

料理がおいしくなる魔法。

前回の続き


午後3時を過ぎると、人の良さそうなイタリア人の若者が店にやってきて、老夫婦からキッチンの仕事を引き継いだ。若者の名前はニコロと言い、「何を作ってもおいしいのよ」とおばあさんに料理の腕前を褒めてもらい、照れくさいのか目をクルクルさせておどけて見せた。

「さあ、食事に行きましょう」
おばあさんは僕の手を引いて、店の外に出た。
「え、こんなに早い時間に食事ですか?」
「そうよ、私たちはいつもこの時間に夕食を食べるのよ。それから散歩をして家に帰って、そうね、9時くらいには寝るの。そして次の日の朝5時には店に行って、その日の仕込みを始めるのよ。夕食は中華料理でいいかしら?」
おばあさんはそう言うと、おじいさんと仲良く腕を組んで、10thストリートを北へ歩いた。

「あ、忘れててごめんなさい、あなたお名前は?」とおばあさんが僕の名を聞いたので名前を伝えると、「あなたの友だちの私はマリー、彼はアレン」と言った。

「あなたの友だちである私」という言葉がとてもあたたかく感じて嬉しかった。

「さあ、これで私たちは仲良しね。食事の前にハグをしなきゃ」
おばあさんは手を伸ばし、僕の身体を引き寄せて、頬と頬を合わせるように抱きついた。僕はマリーさんの身体に手を添えてそれに応えた。

「あら、あなたのハグはハグではないわよ。もっと私を喜ばせて」
マリーさんはくすくす笑ってこう言った。

見かねたアレンさんが僕とマリーさんの間に割って入り、マリーさんに心を込めて、ゆっくりとした動きでハグをした。マリーさんは「ありがとう、アレン」と微笑みながら言った。

日本人の僕にはハグの習慣がなく、アメリカで誰かとハグをする機会があっても、どうしても照れてしまって、それっぽくするしかなく、マリーさんの言うように相手が喜ぶようなハグなんて考えたことがなかった。

「ハグは「ありがとう」を全身で伝えるあいさつなんだ」とアレンさんが言うと、「強すぎても、弱すぎてもだめ。ありがとう、私はあなたが大好きです。という気持ちを込めるの。コツはありがとうを3回、心の中で唱えるながら抱きしめるのよ。これは私の母が教えてくれたこと」とマリーさんは言った。

マリーさんは食事の前には必ずハグをすると言った。そうすると、どんなに質素な食事であってもとびきりおいしくなるらしい。

食前のハグは、料理をおいしくする魔法のスパイスなのだ。
「一番してはいけないこと。それはいがみあいながら食事をすること。どんなに高級な料理でも、いがみあって食べたらおいしくないでしょ。栄養だって台無しよ。おだやかに楽しくほほえみながら食べれば、それこそクッキー1枚でもごちそうになるの。食事というのは空腹を満たすためではなく、心と身体を養うためだから」

マリーさんはそう言って、「はい、では、もう一度ハグをしましょう」と言って、僕に手を伸ばした。僕は言われた通り、照れずにマリーさんを抱きしめ、ありがとうを3回唱えて。そして次にアレンさんとも同じようにハグをした。

「ほら、できるじゃない。あなたのハグはとてもすてきよ」とマリーさんが言うと、アレンさんも嬉しそうにうなずいた。
こんなふうにハグをしていたら、不思議なことに3人が一体になったような気持ちになって、心がぽかぽかとあったかくなった。マリーさんが言うように、食事の前にハグをする意味がわかったように思えた。

10thストリート沿いにある中国人の夫婦が二人で営む中華料理店に入った。
「ここはなんでもおいしいけれど私にまかせて」とマリーさんは言い、チャイニーズブロッコリー炒めとワンタンスープ、チャーハンを3人分頼んだ。いつものメニューらしい。

料理は決して豪華ではないけれど、どれも愛情込めて作られていておいしかった。いつも自分たちが食べている料理を、一緒に食べることが二人のもてなしなのだ。中華料理店の夫婦がワンタンをひとつずつおまけしてくれたのも嬉しかった。この店でもマリーさんは僕のことを友だちと言って紹介してくれて、「いつでもここで食事してね」と言った。

どんな料理もおいしくなる、食事の前のハグ。この日から僕もずっとその習慣を続けている。こんなにシンプルですてきな習慣を教えてくれたマリーさんとアレンさん。ニューヨークの大切なともだちになった。

わたしの素

クスクスの代わりにキヌアを使ったタブレが大好き。残り物の野菜やありものの食材を食べやすい大きさに切って混ぜて、あとは好みの味に整えれば出来上がり。オリーブや刻んだ鶏胸肉を加えたりして、レモンをたっぷり絞るのがコツ。定番料理というか、とにかく簡単で、スーパーフードのキヌアをたっぷり食べられるヘルシー料理です。一度にたくさん作り置きしておくと何かと便利。

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