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ふたつというしあわせ

今日もていねいに。の扉

ふたつというしあわせ

ニューヨークでひとり暮らしをしていたあの頃、ぼくにとってKさんの存在は大きかった。外国という見知らぬ土地で、ふと、さみしくなったり、困ったことがあったり、わからないことがあったときに電話をしたり、会いにいったりできる人が近くにいるというのはほんとうにしあわせだった。


ひとりであること。いや、旅という名目で、ひとりになることを求めていたにもかかわらず、人とふれあい、よろこびや楽しさを分かち合い、日々ありがとうという言葉を交わすことで、人はひとりであるからこそ、人を大切にし、人を愛し、人を許すということをぼくは学び、そのことの大切さを気づいた。ひとりでいるということは、孤立することではなく、また競争をしたり、争ったり、引き籠もることでもなく、ひとりひとりがこころを開き、生かし合うということだとぼくはわかった。

ある日、Kさんはグリーンマーケットで買ってきたいちごを盛りつけながら言った。「どんなに質素な料理でも、誰かといっしょに食べるとごちそうになるよね」と。「わたしはいつもひとりで食事をしているからそれがよくわかる。だから、人と食事をするということは、それだけで跳び上がるくらいに嬉しいし、おいしいとは単なる味の話ではなく、その楽しいひとときであり、そこから生まれるしあわせや感謝から生まれる感情だと思うの」

Kさんは話を続けた。「わたしの大好きなキャサリン・ヘップバーンが、ある映画で言ったセリフに「ふたつというものはこの世で最上の数」というのがあるの。これは古道具屋で見つけたグラスがひとつしかなくて、もうひとつ欲しいと思ったシーンの言葉だけど、わたしはこの言葉がずっと心に残っていて、ほんとうにそうだと思う。友だち、仲間、恋人、愛する人、動物だけでなく、自分というひとりに寄り添ってくれるもの、それは一輪の花かもしれないし、一冊の本かもしれないけれど、そういう自分ともうひとつによる、ふたつというしあわせの数。ふたつというのはほんとうにすてきな数だわ」

「Happiness is two fried eggs(しあわせとは卵ふたつの目玉焼き)って、誰かが言っていたけれど、意味は違っても、ふたつのしあわせってぼくもよくわかります。3つではなく、ふたつなんですよね」とぼくが言うと、「そう、ふたつ。なぜなら人はいつもひとつだから」とKさんはにっこりと微笑んだ。

「わたしとあなた。このふたつ、これ以上これ以下のしあわせはないのよ」Kさんはぼくに手を伸ばしてハグをした。「さてと。今日は何を食べましょうかね」Kさんはそう言いながらキッチンに立った。

わたしの素

なんだかんだ言いつつも卵料理が好き。おいしいだけでなく失敗しないのもいいところ。ナルシア・チェンバレンが書いた「オムレツの本」は座右の一冊(この本の存在はKさんに教えてもらった)。この本には300種類ものオムレツレシピがある。この時期いちばんよく作るのはアスパラガスのオムレツ。細めのアスパラガスを茹でて、削ったエメンタールチーズを入れた卵液をフライパンで平らに焼き、表面が半熟の状態で火から離して、アスパラをのせて半分に包む。上からさらに削ったエメンタールチーズをかけて完成という簡単レシピ。黄色と緑という色合いもきれいな一品。

 

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