

どこかへ食事に出かけて、おなかがすっかり満足した頃、店内の空気を改めて感じながら「いいお店だなぁ」としみじみ思うことは、結構頻繁にある。ここ数年は、新しくオープンしたレストランに行く機会がとんと減って、お気に入りの店に足を運ぶことがほとんどだから、当然かもしれない。「来てよかったなぁ」と充足感を得るとほぼ同時に「ほんと、いいお店だなぁ」という気持ちが湧く。すると、身も心も緩んで伸びやかになる。
料理、サービス、と項目ごとの話ではなく、その日その場所で過ごした時間の全部をひっくるめて湧いてくるその気持ちは、レストランで食事をして感じる幸せの最高潮だと思っていた。去年の10月までは。
2024年10月20日
その日、夏のバカンスやら新年度の慌ただしさやらでしばらく会えていなかった近しい友人と久しぶりにランチをしようと、11区にあるレストラン「メゾン」を予約していた。料理は1コース制で、だから、ある程度まとまった時間を確保できる時に、普段着よりもほんの少しお出かけの格好で行きたい店だ。全く気取りはなく、寛げる雰囲気ながら、横に広いオープンキッチンのライブ感がそうさせるのか、バレエの観劇に行く時のようなちょっとした高揚感を、ダイニングのある2階への階段を上りながら、いつも覚える。
ところが、予約前日、友人から「ごめん。明日難しいかも…」と連絡が来た。すでにその前の日に、体調を崩してしまい予定を全てキャンセルしたことを聞いていた。「明後日には大丈夫だと思う」と言っていたのが、思うように回復しなかったらしい。その約束は日曜のランチだった。日曜のランチに限っては、ディナーと同じ料理数のコースが提供される。それだけゆったり食事を楽しめるわけだが、体調が万全じゃなければその分負担になるだろう。一瞬、誰か他の人を誘ってみようかとも思ったけれど、やっぱり一人で行くことにした。こんな機会でもなければ、日曜のランチに一人で出かけることも、どっぷりと料理に一人で向き合ってコースの一皿ひと皿を食すこともきっとないから、これは好いチャンスだ。
日曜はともかく雰囲気がいい。フランス人の家庭で家族が集まって食卓を囲む日のようなムードが、お昼の始まりから夕方に差し掛かるくらいの終わりまで、刻一刻と紡がれて、帰る時分にはアットホームという言葉がぴったりなリラックスした空気が店中に充満している。
それを知っていたから、もしかすると一人では少し寂しい気がしてしまうかなという不安がないこともなかった。でも、結局は、杞憂に終わった。
店に着くと、カウンターのいちばん手前側の端の席に通された。ホッとした。ありがたかった。私は昔から、何か起こっていることの中心から少し距離を置いて、自分の場所を見つける。それはずっと変わらない。いつもちょっと距離を置きたい。誰かに「そんなところにいないでこっちにおいでよ」と言われるくらいに離れたところで、一連の流れを、見るともなしに眺めている感じが安心する。
シェフの創太さんをはじめ顔見知りのスタッフと挨拶を交わしてからスツールに腰掛け、メニューを開いた。アミューズ・ブッシュ(軽いオードブル)からミニャルディーズ(食後のコーヒー・お茶に合わせて出される小さなお菓子)まで10のステップで展開されるコースが書かれている。メインに「鳩の薪焼き」を見つけて薪窯に目をやった。すでに炎は勢いよく上がっていた。
メゾンでは、いつもほとんどメモを取らないけれど、なんとなく気分で、メモすることにした。
料理が運ばれてくると、詳細を説明してくれる。忘れないうちにスマホのメモ機能に打ち込み、食べ終えてから感想を書く。料理を目前にしてのメモは、フランス語と日本語がごっちゃになる。それに、言葉がダイレクトでシンプルで、そして重複する。ひらがなも多い。
ルッコラやからし菜に温かいソースをかけたサラダ、玉ねぎのファルシ、そして魚料理、ルージェ(ヒメジ科の魚)のグリルと続き、メインには鳩のローストが登場した。ところが、魚料理まで順調に書き連ねていたメモは、最後の肉料理になって、フランス語での説明はわりとしっかり書いているのだけれど感想は残していない。もう、おなかも心も満足してとろける時間に突入していたのだろう。
その、ぽわぁっとした状態でデザートを待つ間、ふつふつと心のうちに感動が起こっているのを感じた。厨房を改めてじっくり見回した。「いやぁ〜、いいお店になったなぁ〜」涙が滲み出そうになりながら、そう思って、自分でひどく驚いた。いいお店になったなぁ、だなんてちょっと偉そうじゃないだろうか? 私はそこまで足繁く通っていないし、そこまで食べ込んでもいない、そこまでの常連じゃない。それでも、その時に沸いた気持ちは「いいお店だなぁ」じゃなくて「いいお店になったなぁ」だったのだ。戸惑いつつも、その日までの時間を振り返った。
シェフの創太さんの料理を初めて知ったのは遡ること12年前(なはず)。自然派ワインブームのパイオニアとも言われる人物がオープンしたビストロの厨房を任されていた時だ。そこから、また別のビストロの立ち上げに携わり、3年半ほどシェフを勤めた後、彼は独立。メゾンをオープンした。
私は、彼の独立前のビストロ時代終盤から、ドキュメンタリーを撮らしてもらった。それで、いよいよ自分の店となる物件を見つけ、まだ前の店が営業している段階で、その店のオーナーに面会に行く時にも同行させてもらったり、諸問題が勃発し工事が手付かずのままにいた、普通に考えたらストレスフルな状態も撮影させてもらったりした。着工してからは、工事を進める一方で、活発に飛び回っていた海外でのポップアップにも合流した。物件の、前の事業主に会いに行った時には、第一子の誕生直前で、奥さんのアキさんはお腹が大きかったのが、2度目に、すでに物件が空になった状態で訪れた日には、創太さんが生まれたばかりの女の子を抱っこしていた。
オープンしてからもしばらくは、なかなか波乱だったのではないかと感じる。
けれど、オープンから5年を経た日曜の昼過ぎ、厨房は熱気と躍動感に溢れ、フロアは温かく寛いだ空気に満ちていた。
ランチ営業も終盤になり、ひと段落したところで創太さんがやってきたので、思い切って伝えた。「こんなこと言うのは偉そうな感じがするけれど……でも、いいお店になったなぁ〜って、思った。なんか感動した」。すると、創太さんが「俺も最近そう思います。いやぁいい店になったなぁって」と言った。うれしそうだった。「あ、自分でもそう思う?」「うん、思います。最近いいんですよ。いいっすよね」「いや、すごくいいよ」。
いきなり仲良くなったわけでも、話が弾んだわけでもない。ドキュメンタリーの撮影時にはハプニングと言えることも、かなり緊迫した状況も起こった。それがいつしか、気兼ねなく話せるようになった。
こんなふうになるんだなぁ、と思った。こんなふうってどんなふう?と聞かれたら、うまく言葉にできない。ただ、時を経るって全部を包括した幸せを享受できるんだ!と全身で感じた。
「いいお店だなぁ」の幸せを超えていた。
2025年3月20日
「たぶん、すべてのことが自分のキャパを超えてしまい いったんすべてを手放そう、とおやすみをいただくことになってそのタイミングで」
10月にメゾンを訪れた時のメモは、尻切れとんぼのまま終わっている。料理の最後を飾った鳩のローストの説明の後は、ひと言、sorbet(シャーベット)とあり、1行空けて、このつぶやきが続く。
その少し前に、膝から崩れ落ちるような出来事があり、文字通り打ちひしがれていた。あれほどの打撃を受けたのは人生でおそらく2度目で、にっちもさっちも行かない状態に陥った。
そこで解決策の第一歩として採ったのが、少し休むことで、メゾンにはその間に訪れたのだった。
そんなタイミングだったから、敏感になっていた感受性でもって、より多くのことを感じ取ったのかもしれなかったのだけれど、あの「いいお店になったなぁ」の感覚を確かめたい気持ちで、再訪したかった。いつ行こう、いつ行けるだろう?と探り続けたまま季節は移ろい、春の兆しが見え始めて、そうだ、と思いついた。春分の日に行くのはいいかも!
わたしの素
また一人で行こうか、どうしようかなと思っていたところへ、友人から連絡が来た。ちょうど春分の日のある週の後半にランチをしないかという誘いだった。それで提案した。「もし春分の日にゆっくり時間が取れるようだったら、メゾンに行かない?」と。
そうして予約をして、5ヶ月ぶりで食事に訪れた。同行した友人は約3年ぶり、2度目の訪問だった。今回は、カウンターの真ん中の席に案内された。
アミューズ・ブッシュの2皿目で友人が、「信じられないほどおいしい」と漏らした。こんなにいきなりそんなにも心を動かされたか!とそれを聞いた私も心が躍って「そうなんだよ、本当においしいんだよ!」と言葉を被せる勢いで返すと「いや、信じられないほどおいしい」と彼女は繰り返した。「前回もとってもおいしかった。けど、これはびっくりするほどおいしい」。
そんな調子で、おいしいを連呼しながら二人でケラケラ笑って食事をした。おいしいと、自然に笑ってしまう。それが、メインのほろほろ鳥が運ばれてくる前に出された赤ワインをひと口飲んだところで、彼女が咄嗟に、両肘をカウンターにつき頭を抱えた。どうした?と思ったら、「おいっしい!」と溜め込んだ感動を一気に放出するように言ったから、また笑った。どうしていいかわからないくらいおいしいらしかった。
「いいお店になったなぁ」と感じ入ったレストランはその日もやっぱりいい店だった。そして、全ての通過してきたあれやこれやがあった先に、こうなったのだよなぁと改めて思った。困難は糧だとしたら、難易度が高いほど、栄養になりそうだ。
帰り道、教会前の広場では人々が日向ぼっこをしていた。