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季節の実験

パリの空気の扉

季節の実験

この季節を待ちわびていた。グリーンピースが出てきて、アスパラガスがそろそろ終わりを迎える時期。もう少し夏が近づくと、茄子やパプリカが登場し、野菜売り場の色彩が賑やかになる。その前の数週間、淡い緑の野菜でお皿を彩る春の終わりが大好きだ。

先週、グリーンピースを買いたくてマルシェに出かけたら、どこにもなかった。その前日も3軒ほど、生産者から直接仕入れている八百屋さんを巡ったのだけれど、どこにもなかったのだ。1軒では、“グリーンピースはもう入らないけれど、明後日インゲンが届く”と言われ、別の店では“もしかしたら今週末入るかもしれないけれど確約はできない”と言われた。

それで、いつも野菜を買うマルシェのスタンドの主(あるじ)に聞いた。
「なんか今年変だと思うんだけど...…こんなに早くグリーンピースってなくなる? たしかに旬は終盤かもしれない。でもそれにしても早い気がする」。
すると彼は、暑さと雷雨が原因だと言った。
「2週間前に夏みたいな天気になった週末があっただろ? あれでやられた後に、激しい雷雨で一気に地面に叩きつけられた。グリーンピースはそれで全滅しちゃうんだ。暑さに弱いし雷雨には太刀打ちできない。ほんとうに脆いんだよ。だから、今もうないっていうのは、そうだろうねって思う。ちなみにうちはつくってないよ。大変なんだグリーンピースは。僕のオーナーは天気だからね。すべてはオーナー次第なんだよ」。

それを聞いて、これは見つけたらもう買わなくちゃ!!と勢い込んだ。

別のマルシェに立つ野菜農家が、次回来るときにはあるかもしれないと言っていたから、行ってみよう。そしてあったら、たくさん買おう。

子どもの頃、グリーンピースが大嫌いだった。給食でおかずにグリーンピースが入っていると、まず何個あるかを数えて、何回で牛乳で飲み込めるかを計算した。たとえ「もし食べたら10万円あげる」と言われても絶対に食べたくないと心に決めていたし、シュウマイにのっている一粒については、わざわざのせる意味がわからない、と思っていた。ともかく、目の仇にしていた。

そのグリーンピースに対して見る目が変わったのは、高校1年の夏にホームステイをしたサンフランシスコでだった。ラッキーなことに、お世話になったステイ先のマダムは料理好きで、毎日、何品も食卓に並んだ。
ある夜、サラダの中に柔らかな黄緑色の粒が散らばっていた。直径1.5cmほどあるその粒は生だった。グリーンピースを生で食べる発想を持っていなかったし、グリーンピースが入っているレタス(かは定かではないけれどともかく葉野菜)が主体のサラダなんて食べたことがなかったから、それがグリーンピースだとは思わなかった。だから、目の仇だなんて思わずに口にした。おいしかった。ほんのり甘くて、少し青臭くて、みずみずしかった。サラダにはサウザンドレッシングがかかっていて、そのコーラルピンクが、柔らかな黄緑色とかわいかった。8月のサンフランシスコでの夕食は、いつも日暮れ前で、夕方の光とそのサラダの色は相性が良かったように思う。エビが入っていた気がするけれど、今はもう、記憶はおぼろげだ。

時を経て、黄緑色の粒に再会したのは、フランスだった。
サンフランシスコで食べたものよりも、粒の大きさはひと回り小さくて、青臭さとえぐみが強いように感じた。その分、甘みも鮮明だ。必ず鞘のまま売っているから、買ってきては、鞘から豆を出すごとにつまみたくなる。フランスの子どもは、グリーンピースを鞘から出していると、横から手を伸ばして、よくつまんでいる。その光景を見るたびに、おいしいもんなぁと思う。

フランスで春を告げる代表格といったらアスパラガスだろうか。でももっと身近で、日常的な存在で、あ〜春になったのだ、と実感するのは野菜農家のスタンドにレタスなどの葉野菜が一気に積まれた時だ。生で、サラダで食べるのが一般的だけれど、私は、溶かしたバターでさっと和えるのも好きだ。

もしかしたら今年最後になるかもしれないグリーンピースを手に入れて、5月の終わりにいつも楽しむ温野菜サラダを作ることにした。材料はグリーンピース、アスパラガス、かぶ、フェンネル(ウイキョウ)、歯応えのある肉厚なレタスの一種、すでに出ていたズッキーニ。それぞれを軽く茹でて、春のバターとレモン汁でソースを作り、和える。春のバターというのは、春になって生え始めた草を牛が食むようになってから搾ったミルクで作られたバターのこと(冬の間は干し草が餌だから、冬のバターと春のバターでは風味が変わる)。最後に、スライスしたラディッシュを加え、軽く混ぜ合わせてから、ディルとチャービルをわんさか盛った。

シチリア食材屋さんで「持っていって」ともらったレモンを大事に扱ったことが功を奏したのか、とてもソースがおいしくできた。ラディッシュの表皮から出た色がピンクに染めたのも愛らしかった。そのソースを見ながら、一つ思いついたことがあった。

これまでに、グリーンピースをスプーンですくって食べるのではなく、何かと一緒に思いっきり頬張るにはどうしたらいいだろう…と考えて、そば粉のガレットで包んでみたり、タルティーヌにしてみたり、と試してきた。でも、コロコロとこぼれ落ちてしまって、どうも思うようにいかないのだ。
今回のひらめきは、
“パイで包んだらどうだろう?”
だった。悪くない気がする……

最後になるかもしれないグリーンピースを使って、さっそく試すことにした。

バターを室温に置いて少し柔らかくなったところで、さっと湯通ししたグリーンピースと混ぜ合わせる。そうすれば、コロコロと転がっていかずに、生地の上にきっと居座ってくれるはず!と思ってやってみたら、うまくいった。グリーンアスパラも入れて、レモンの皮もすりおろした。ハーブも加えてパイ生地で包み、いざオーブンへ。

わたしの素

結果。
ヒャッホー!と声を上げたくなるくらいおいしいものができた。食べようとした途端にポロポロポロ〜とこぼれ落ちるかなぁ… と案じていたことは杞憂に終わり、二つに割ったそばから、パイ生地で蒸されたレモンバターの香りが立ち上った。グリーンピースのプチプチした食感と、レモンバターの染み込んだパイ生地の内側のとろんとした部分が最高だった。レモンの皮がいい仕事をしていたなぁ。

今回はディルとチャービルにしたハーブを、エストラゴン(タラゴン)に替えたら、夢心地な香りを漂わすかもしれない。パイを半分にちぎったときにほわほわと上る湯気。口に入れるより先に訪れる幸せの瞬間をイメージして、もう少し中身を工夫したい。

今年いちばんの傑作。来年は、季節が始まったら、すぐにこれを作ろう。

 

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