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ジュリアンのヒント

ジュリアンのヒント

渡仏記念日のお昼は、どこかで少しゆっくり過ごしたいなぁと思っていた。かといって、どこどこに行きたい!という強い願望はなかったし、具体的なイメージも湧いてこなかったから、当日、時間が許すようなら、その時の気分で決めようと思った。

結局、その日の朝になって思い浮かんだのは、Parcelles(パルセル)だ。店に流れる空気がとても気持ちよくて、行くと元気になるから、私的パワースポットのように感じている。人気店で予約は必須なのだけれど、一人客の予約は取らなくて、ランチであれば、12時もしくは13時半に行くと、席を作ってくれる。とはいえ、日によっては、全く空きがない場合もあるから、一応、電話をかけることにした。
前半は混み合っているらしく、13時半に行くことになった。

着くと、文字通り満席だった。店内は活気に溢れている。入り口に私の姿を見つけて、オーナーのサラがやってきた。

「アキコ!元気? 今日、すごいシックだね」
「え?ほんと?ありがと」
「まだ席が空いてなくて、ごめん、少しだけ待ってもらえる?」
「もちろん。急いでいないし、全然、大丈夫だよ」

サラと知り合ってから、もう20年以上になる。彼女が最初に出したビストロを、私が雑誌の取材で訪れた。その時から、いまも変わらず、彼女はきびきびとフロアを動き回っている。

ほどなくして窓際のテーブルが空き、そこに案内された。待っている間にメニューを渡されていたから、頼みたいものはすでに決まっている。それで、店内を眺めた。一人でレストランに出かけた時の、この時間がすごく好きなのだ。傍観者でいられるひととき。食べる行為こそしていないけれど、その場に存在するものを味わっていると思う。
風が強い日で、雲の流れがはやかった。それを反映して、室内の光の色がコロコロ変わった。

グリーンアスパラガスに行者ニンニクのサバイヨンソースを合わせた前菜と、仔羊肉のメインを注文した。いつもどおりおいしく、春を感じる料理にすっかり満足して、デザートは食べない方がおなかいっぱいになり過ぎずいいかもしれないなぁ、と思ったのだけれど、ひとつ気になるものがあった。ババ・オ・ラムに添えられているらしい「クレーム・アングレーズ・フエテ(crème anglaise fouettée)」。訳すと、ホイップしたカスタードソース。食べてみたい。カスタードクリームにホイップした生クリームを混ぜ込んだものは大好きだ。でも、カスタードソースを泡立てたものは食べたことがない気がした。おいしいに違いない。生クリームを合わせるのが定番のババ・オ・ラムに添えている点も、興味深い。ただ、ババは発酵生地だからボリューム感がある。食べられるかなぁ…と思い、サラに聞いた。

「ババ、すごいボリュームある?」
「これはおいしいよ。軽いし、大丈夫」

それなら、とオーダーした。実際食べてみると、ババの生地はしっとりしつつも軽めで口溶けも心地よく、難なく胃に収まった。というのも、件のクレーム・アングレーズ・フエテが、えらい美味しかったのだ。「なにこれ?なにこれ!」と心の内で繰り返しながら、ひと口ごとにババ生地にクリームをのせて夢中になって食べていたら、あっという間に器が空になった。
これじゃ足りない……。

会計を済ませたところで、シェフのジュリアンが厨房から出てきたので、伝えた。

「ババのクリーム、あれ、すっごくおいしかった。売って欲しい。買って帰りたい」
「あれ、すぐ作れるよ。クレーム・アングレーズを泡立ててるだけだよ」
「生クリーム加えて?」
「ううん、加えない」
「加えないの?」
「加えない。ただ、卵を3つプラスして……だから、アイスと同じだな」
「卵って、全卵? 卵黄?」
「卵黄。本当に、アイスを作るのと同じ要領でタネを作って、泡立てるだけだよ」
「わかった!やってみる」

さて。
ヒントはもらった。問題は、卵黄を3つ加えると言ってたけれど、元のレシピがわからないことだ。ジュリアンが話していたレシピが、もし店で作る分量だとしたら、家庭で作るのに適した分量にすると、加える卵黄の数は減らしてもよいのかもしれない。いくつかレシピを見比べて、探ってみよう。

この、“レシピを見比べて実際に作る分量を探る時間”が、私は殊のほか好きだ。旅行の計画を立てて準備をする時間と似ていると思う。これでうまくいくかなぁ、おいしく出来るといいなぁ、とりあえずやってみよう!と前を向く気持ちがクレッシェンドしていき、楽しみが開ける。

アイスクリームのレシピが載っている本、クレーム・アングレーズを使うデザートが紹介されている本など、思いついたものを広げて、見比べた。さんざん考えた挙げ句、最終的に、バニラアイスとクレーム・アングレーズのレシピの中間くらいの分量を採ることに決めた。

わたしの素

ともかくクリームをメインに食べたい、口にするや否やクリームが溢れ出る感じで頬張りたい、と湧きでたイメージを叶える食べ方を考えた。クレープが最適じゃないだろうか。さらに、小麦粉のクレープと、そば粉のガレットだったらどっちがいいだろう?と想像して、そば粉の香ばしさとの相性を試したくなった。

残念なことに、期待は裏切られた。コントラストが強過ぎたのだ。ガレットとクリーム、それぞれはとてもおいしい。ところが、一緒に食べた途端、イマイチになった。双方の魅力が、消えてしまっていた。クリームをたっぷり巻き込んで、生地を噛んだそばから溢れるところまではイメージ通りだったのに……

“悔しいなぁ。残りのクリーム、どうやって食べよう?”
そこで思いついた。このまま凍らせたら、たぶん、軽めなアイスクリームになる、はず!
琺瑯の容器に入れ、冷凍庫にしまい、途中何度かかき混ぜて、ひと晩待った。

翌朝。見た感じは悪くなさそうだ。それでも、過度に期待しないよう努めながら味見をすると、意外なほどにおいしかった。何かフルーツを合わせたくなって、オレンジが2つあったから、すぐさまジュースを搾り、皮を煮て、シロップを用意した。

まとめて焼いて残っていたガレットをフライパンで焼き直し、アイスをたっぷり盛って、シロップを回しかける。アイスだけだと文句なしの出来だったけれど、果たして今度は納得のいく味だろうか。

ほんの少しいぶかしみつつ食べてみたら、なーーーんと!バランスがものすごく良かった。期待をグンと上回るおいしさだ。

結果、大満足。でも、頬張ったとたん溢れんばかりのクリームっていうのをやっぱり実現したい。分量を変えて、また試そう。

パリの空気の扉 アンバサダー

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