──── 2030年カタール・ドーハに建設されるミュージアムの式典に参加してきた篠崎さん。王族からの依頼にどのようなクリエイションで応えたのか。創作過程での彼女の想いや考えていることに迫った。
カタールの文化芸術活動は、国家プロジェクトとして進められている。プロジェクトリーダーのシェイカ・アル=マヤッサが「(国内外)すべての人にとってアートが身近な存在になること」にプロジェクトの意味があると話すほど、アート活動が盛んな国だ。
カタールで感じたこと
「去年に開催したロサンゼルスの展示を美術館の関係者が見てくださり、今回のカタールでのレセプション装花の依頼をいただきました。カタールは国王様の娘(プリンセス様)がアートに造詣が深く、紙の花の作品に対してとても関心を示してくれました。今回のレセプションは、カタール王立美術館のお仕事で、世界中のアート関係者の方々がいらっしゃるということで、日本人の手で作る紙の花がどう受け入れられるか、すごくプレッシャーがありました」。
PAPER EDEN・・・篠崎恵美がデザインディレクションを務める紙の花のブランド。花をグラフィカルに捉え、独自の手法でひとつひとつ手作業で立体的に表現している。ペーパーエデンを用いるインスタレーションは、2017年のミラノデザインウィークにて発表し、その後アムステルダム、上海、ロサンゼルスにて展開し、海外から高い評価を受けている。
「カタールにはこれまで行ったことはなくて、今回のレセプションを演出するにあたって、まずはカタールについてリサーチすることからはじめました。オイルビジネスやヒジャブと呼ばれる民族衣装を着ているということは知っていたのだけど、そこでの展示を想像できるほどの知識はなかったので」。
実際、カタールまで下見に行ったと聞きました。
「国のほとんどが砂漠だということや、水がないから海水を浄化して生活用水にしていたり、飲食店ではお酒を提供しなかったり、ローカルの人々の暮らし方を教えてもらいながら、現地での生活を体感することからはじめました。自生している植物に目を向けると、やっぱり砂漠ならではの植物で力強く、生きる力を感じた。一日だけ自由な時間があって、ずっと見たかったアメリカの彫刻家リチャード・セラの作品"East-West/West-East"を見に行くことができました。15mほどの鉄板が砂漠に建っているのを見上げて、圧倒された。この高さには諸説あるみたいだけど、以前の海底の高さを示したという説を聞き、地球の変化を想像すると鳥肌が立ちました」。
「現地に行って、これまで持っていたイメージが大きく変わりました。人の気持ちに余裕がある国なんだという印象を持った。すごい穏やかだなぁって。民族衣装も、一見個性がなくみんな同じというイメージだったけど、生まれた時から着ているのならそれが当たり前なんだって思った。自分を振り返って、自由じゃないと感じていたことを反省しました」。
創作のイメージ
どのように会場で展示するイメージを膨らませていったのでしょうか。
「今回のレセプションには、世界各国の方が訪れること。そして会場のデザインを見せてもらった時に、カタールの色を表現したいという想いが頭に浮かんで、それだと思った」。
「砂漠に水がなくても、そこに力強く生きる花をイメージしました。それは、強い色ということではなくて、生命力の強さです。そして、現地の人々から感じた人柄や民族衣装のことも、デザインを考えるうえで取り入れたかったことのひとつ。みんな同じ衣装を纏っているとわからなかったけれど、ひとりひとりが存在していることを伝えたかった。だから、花の色は砂漠の色、無彩色にしました」。
「繊細で儚い印象でも強い意志が感じられるように、シンプルなデザインの中にも個性を感じることができるように意識した。カタールで感じた印象を紙の花で表現しました」。
すこし考えて、自身のインスタレーションについて教えてくれた。
「わたしは、その場所にいる人々が心地よく感じて、その空間になじむ表現が好きなんだ」。
レセプションに込めた想い
テーブルに並べられた紙の花は約200本。
2列に並べられたテーブルは、ひとつ30mくらいの長さだったという。
無彩色な砂漠色の紙の花は、現地の石に生える構造にした。
「あまり敷き詰められた印象にならないように、実際に作った数よりも少し減らした」という表現には、現地で感じた人の心の余裕を表現したこともあるのだろう。
「カタールの街中や砂漠では、土の色も日本とは違って茶色ではなく、ベージュのような色。
砂漠から生まれた花というインスピレーションを伝えるために、ベージュ、ライトグレー、ベージュピンクのグラデーションで、微妙な変化をつけた」。
驚いたことに、レセプションの食事会には、彼女の席も用意されていた。
「装飾した後に自分の作品を観ながら会場で体験するということは、これまで経験したことがありませんでした」。
「うれしかったこともあった!」と話をしてくれたのは、このレセプションに参加していた現地のフラワーショップの人たちから声をかけられたこと。
「インスタグラムでedenworksをフォローしてくれていたんです。同じ空間で仕事をできたことがとてもうれしかったと話をしてくれました。一緒に写真を撮ってほしいとも言ってくれて。いきなり知らない人に話しかけるって、とても勇気がいることだと思うけど、話しかけてくれたことが、とてもうれしかった」。
レセプションでのことではなく、現地の人との交流がうれしかったと話すのも彼女らしいと思った。
わたしの素
カタールの食事の記憶は、朝食のピタパン。
地中海沿岸、中東、北アフリカなど中近東で主に食べられている平たく円形のパンだ。
食材はもちろん、ジャムやチーズなどさまざまなディップやフムスがテーブルに並び、ピタに挟んで食べる。ピタの中には、食べる人の個性が表れる。
その経験が楽しかったと教えてくれた。
カタールでは「生まれ育った場所が違うだけで、人ってここまで違うんだと実感した」という。その国の価値観の中で人々が自身の個性をいきいきと表現していたのを現地で感じて、これまでになかった想いが生まれた。
篠崎さんはピタパンに、どんな個性を詰めたのだろうか。