──── 「山岳収集家」という肩書で幅広く活動する鈴木優香さん。前編では、彼女が山のどこに惹かれているのかを語ってもらった。
「いま自分が本当に好きと思えるものを、素直に表現してみたい」。そんな気持ちから生まれたのが、山で撮影した風景をハンカチに仕立てる〈MOUNTAIN COLLECTOR〉というプロジェクトだった。薄く繊細なテキスタイルに印刷された山の風景は、光にかざすと透明感が際立って、まるで山の透き通った空気をそのまま閉じ込めたような清々しさがある。
「山を始めたばかりの頃は風景の写真が多かったのですが、徐々に山小屋や、そこで食べた料理の写真も撮るようになりました。モチーフにはその時々の自分の感情が投影されているので、ただ山の風景に感激するのではなくて、山で時間を過ごすこと、そこから生まれる気持ちにも興味が向いてきたのかなと感じています」
思い入れのあるハンカチの一枚に、異国で撮影したであろうカレーのモチーフがある。2年前、パキスタンのカラコルム山脈を2週間ほどかけて歩いた時に撮影したものだという。
「エベレストに次いで世界で2番目に高いK2という山の麓まで、各国から集まった登山家と一緒に歩くという、私にとってはかなり背伸びしたトレッキング遠征でした。一番高い場所で標高は5100メートル。高山病で意識が朦朧としながら歩きました。なんとか山から下りてきて、初めて食べたのがこのカレー。なんの変哲もない味だったかもしれませんが、すごくおいしく感じて、思わずシャッターを切りました。その 〟おいしさ〝は、たぶん味そのものではなくて……。安全な場所で食べる食事の〟おいしさ〝みたいなものだったのだと思います」
北アルプスの険しい尾根の途中にある山小屋で食べた冷たいスイカ、パキスタンの苦しいトレッキングの途中で幾度も救われたドライフルーツとナッツのプレート。鈴木さんのハンカチに印刷される食事には、必ず物語がある。
「どんなに疲れていても、食べないと歩けない。食べることで体が動く、生きていけると実感できることは、普段の生活でそうありません。だからこそ、つらい時に食べられるものがある、作ってもらえるということに、すごくありがたみを感じますし、かみ締めて食べます。そして、ずっと忘れることがない。私にとって山で食べるものは、これまでの 〟おいしさ〝とは違った感覚を教えてくれるものです。そんな風景や感情を、余すことなく記録して、残しておきたい。そう強く思っているんです」
わたしの素
2年ほど前、広島県にある自家焙煎コーヒー豆専門店〈MOUNT COFFEE〉のオーナーと一緒に山に登りました。彼はその山の思い出をもとにオリジナルブレンドを作り、私は撮影した写真でハンカチを作るというプロジェクトで、それ以来、毎日飲むコーヒーの豆を買っています。最近購入したのはネパールの豆。これまで何度かネパール側のヒマラヤ山脈を歩いたことがあるのですが、紅茶がよく出てきた印象が強くて。でも最近は国内でコーヒー豆の栽培が増えて、国産のスペシャリティコーヒーが注目されているのだとか。自分が歩いた山の近くから届く豆で淹れたコーヒー。飲んでいるとその時の思い出が蘇って、ああ、またいつかネパールの山を歩きたいなと思うのです。
profile
鈴木優香 / すずき ゆか
山岳収集家 /1986年、千葉県生まれ。
東京藝術大学大学院修了後、アウトドアメーカーのデザイナーを経て独立。現在は世界中の山々を巡りながら、山と旅をテーマに写真やデザイン、文章などを通して幅広く表現活動を行う。
Credit; FRaU編集部
photo : Kasane Nogawa
text & edit : Yuriko Kobayashi