

──── 前編は、江口宏さんが蒸留家に至るきっかけとなったボタニカル・ジン「MONKEY 47」との驚きの出会いについて聞いた。そこからどのように〈mitosaya薬草園蒸留所〉を立ち上げたのか。江口さんの酒造りへの思いと、彼らしさをつくる素を尋ねた。
「MONKEY 47」を飲んで、そこから言葉通り、居ても立っても居られず、クリストフが蒸留を行うドイツへと旅立った。
「それまで面白いと思っても、わざわざ会いに行くなんてしたことがなかったけど、自分にとってはそれ程の強烈な体験だったんですよね。たどり着いた蒸留所は田舎の広大な土地の真ん中なのに、近づくにつれ、おしゃれな人たちが集まっていて、美しいボトルが並び、音楽が奏でられ、ラマや羊もいて、ここは一体何なのかという第一印象でしたね。その時に飲んだブラッドオレンジの蒸留酒は、暑かったので少しぬるかった。普通だったら不味そうなのに結果としてより香りが高まって、とてつもない芳醇さに包まれたことに、また再び驚いた。人や環境や雰囲気を含めて、そこでは五感全てがお酒をおいしくするためにあるように感じました」
まだ書店をやりながら、衝動的に訪れたドイツだったが、蒸留を勉強したいという思いに一切の迷いはなかった。最初の来訪から半年後にはすでに、蒸留所の敷地内にあったゲストハウスに家族で移住。1年弱、酒造りを学んだ。
「今日は近所の農家さんが持ってきたブドウを使って蒸留しようとか、季節ごと、毎日がやることの違う日々でした。クリストフや蒸留所を訪れる人たちとともに食卓を囲み、ゆっくりとお酒と会話を楽しむような時間の使い方がとても豊かだと感じられたのも貴重で、日本にもこういう場所が作れればと思っていました。

提供:mitosaya薬草園蒸留所
江口さんにとって人生で最も心を動かされた、クラフトで小規模な、総合芸術のような食の体験が〈mitosaya〉や〈CAN-PANY〉につながっている。「でも、残念ながらまだ全然、自分が思うようにはできていなくて」という江口さん。
「ドイツでの酒造りと同じように、小さなスケールのまま、好きなものを自由につくって手渡していくのは楽しいですが、同時に大変さもありますね。自分が生きて仕事をする、その根本には、基本的にいいことがしたいという気持ちがあって、地域環境も考えたいし、労働環境も良くしたいし、家庭も円満にやりたい。世の中に対しても、自分たちにとっても、どういうやり方をすれば、もっといい循環を得ることが可能なのかも、これから考えていきたいですね」
わたしの素
「ルーティン化を避け続ける人生を送る僕とは対照的に、ルーティンの権化みたいな妻。その暮らしのなかで僕は、朝6時20分に朝食を作ることだけ、決まってやるようにしています。メニューはお決まりの、パンとヨーグルトとフルーツ。それをジャムやハチミツと一緒に食べるんですが、常に欠かせないのが、〈mitosaya〉の敷地内で飼っているミツバチが集めてくれた自家製のハチミツ。だいたい春の終わり、夏の真ん中、夏の終わりの3回採蜜しますが、季節の花によって、それぞれ蜜の色や味が違うのが、なんだか嬉しい。少し前まで失敗を繰り返していたんですが、近所で養蜂をやっている方の助けを借りるようになって、最近は安定して食べられるようになりました」