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言葉と本のチカラ

言葉と本のチカラ

──── 冬にスタートしたおいしさの扉も、春が過ぎ、まもなく半年を迎えようとしています。「本と生き方」の扉を担当していただいているコトゴトブックス店主の木村さんに、日常を綴る連載への思いや、最近の出来事について話を聞きました。


この数ヶ月、ご自身の食事やおいしいについて意識してもらうことが多かったと思います。「おいしさの扉」の連載はいかがでしょうか。

毎日食べているごはんと、毎日読んでいる本。どちらも生活の当たり前になっているけれど、その当たり前を言葉にして、繋ぎ目を探っていこうというイメージで毎回文章を書いていました。
これまでの記事の中では、小説やエッセイ、絵本、句集など、異なるジャンルの本を紹介してきましたが、テーマや読者層に合わせて選書をしたり、お悩みを聞きながら処方箋のように本を差し出したりするのでなく、あくまでも自分の生活が軸としてあって、そこから本や食事に接続させていくというのは新鮮…というか、最初はちょっとした気恥ずかしさもありました。
昔からいつもどこかで、「私のプライベートなんて誰が興味あるの!?」みたいな感覚があって、特に食事って生々しいじゃないですか。「へー、こういうの食べてるんだ」と知られる恥、みたいな。自意識過剰なんですけどね(笑)。
本を紹介するために、前置きとして自分のことを書いて差し出すことなら衒いなくできるし、仕上がりの原稿をみれば大差ないのかもしれないんですが、書き心地は全然違って、それは面白かったですね。

本の内容と「わたしの素」で紹介する食事とのリンクについては、いわゆるネタ集め的な心構えで日々を過ごすこともしたくないと決めていました。なので全体を通してみると、写真の多い回と少ない回が歴然ですよね(笑)。
でも、そういうところにも、自分が文章を書いている理由があるなと思えたんです。瞬間を記憶する道具として、写真を得意とする人がいれば、音楽やイラストを得意とする人もいて、私はそれがきっと言葉なんだろうなと。言葉で記憶して、言葉で反芻するのが好きなんだということにあらためて気づきましたね。


木村さんご自身は、いつもはどなたかに本を紹介したり本を人に届けたりすることに携わっていらっしゃいます。この連載では、木村さんご自身のことについて原稿にしていただいています。ご自身のことについての連載だからこそ、難しかったといいますか、いつもとは違うなと感じたことがあったとうかがいました。

連載の話をいただいた時は、インタビューをしていただきながら一緒に原稿を作り上げていくというアイデアがありましたよね。だから第1回の「好きなことが、そうではなくなったときに。」の初稿は、実は聞き書きのかたちで、それに手を入れて仕上げていったんです。結果的に書き下ろすかたちがよかろうという話になって、第2回からの方針が定まっていきました。

第1回は、内容的に直近の自分の身に起きた出来事を癒やしたいような気持ちもあったので、話し言葉が生かされていた初稿の「です・ます調」をそのまま引き継ぐかたちにしたんです。でも、これが完全な誤算で…。

「です・ます調」は語りが丁寧になるし、柔らかい印象で読み手に届く良さがあるいっぽうで、語尾の選択肢が少なくなるので文章が単調になってしまうんですよね。自分に対してある程度客観的な視点を持ちたい場合も、「です・ます調」で書くだけでちょっといい子になってしまう気がして…。文末が変わるだけで、こうも文字に向き合う、自分の内側と向き合う心づもりが変わるのかと。この発見も面白かったのですが、「おもしろーい。うまく書けなーい」では仕事にならないので苦戦しました。でもそのおかげで、「ですます調」で書かれたエッセイ集や小説をいろいろ探して読む機会を得たりと、学びもありました。
ただ、許されるなら今後は「である調」に変えさせていただきたい…。 連載継続のお話をいただいて、担当の方から「やりづらさや、今後こんなことをしてみたいなど希望はありますか?」と言っていただいたとき、まず先に思ったのは、実はこのことでした(笑)。


最近、木村さんのお仕事で変化があったとうかがいました。
出版業もはじめられたとのことですが、当初から出版業も計画されていたのでしょうか。何かきっかけがあったのでしょうか。


コトゴトブックスという屋号で書店をはじめて今年の8月で3周年になります。今年の春からは出版業も立ち上げ、一冊目として町田康さんの初歌集『くるぶし』を刊行しました。
でも実は、コトゴトブックスが軌道に乗ってきたから「よし、次は出版業だ!」ということではなかったんです。

『くるぶし』には全352首の短歌が収録されているのですが、これはすべて書き下ろしで、もともとは、町田さんがご自身のインスタグラムのストーリーズに発表していたものなんです。
初期の頃からそれを拝見していて、「あれは本にしないんですか?」というようなことを話していたんですが、町田さんがそれを覚えてくださっていて、昨年の夏、「おそらく1冊分くらいになったので」と原稿を持ってきてくれたんです。「あなたに預けます」と。

これまでZINEやリトルプレスと呼ばれるような、いわゆる一般流通に乗らない自主制作本は作ったことがあったので、今回もそういうイメージで原稿を読み始めたのですが、読み終わったときは全く別の気持ちになっていました。「これは広く届き長く残る本にしなければ」と。

たいていの本の裏表紙や奥付には、ISBNコードというものが付いていて、これはいわゆる本の個人番号。「世界でただひとつの本」であることが国際的に認められて、どの書店からも注文が可能になるんです。「広く届き長く残る」というのは、具体的にはこの仕組みに乗せるということでした。
町田さんの言葉を世に出すなら、まずはそれにふさわしい場所を整えなければと考えて、編集作業と並行して出版社の立ち上げとISBNコード取得などの作業を進めていきました。
「出版社やるぞ!」からの「本づくり」ではなく、「作りたい本があるから起業した」というところが、私らしいなと思いますね。そういえば去年は、移動本屋というイメージが脳内で完璧に出来上がっているのに、「いや、免許持ってない!」と気づいて自動車学校に通ったことを思い出しました(笑)。
町田さんの作品が、新たな挑戦へと導いてくれた。新しい事をはじめるきっかけも言葉と本のチカラでした。

私をこんなふうに駆り立てた町田さんの短歌は、もう…とにかく凄かった。言葉が侵蝕してきてぐわんぐわんと脳髄が揺さぶられるような、笑いに誘われ油断してると急に頭どつかれるみたいな、57577の調子の心地よさに乗っかってるとやばいとこに連れていかれるみたいな。言葉の本来持っている狂気そのものがそこにはあって、しがみつくのに必死でした。
〈諦めろおまえは神の残置物祈りとしての恥を楽しめ〉なんて最高に痺れる歌があれば、〈迷惑か? 俺は男だマンナくれ夏場体調崩すかもです〉と笑わせたり、〈また一人春に旅立つ男ありあの日の桜かえり見もせで〉とホロッとさせたり。〈ふざけるなおまへそれでもうどん屋か先祖代々俺は石屋だ〉という怒りと、〈もはやもうなにもしないでただ単に猫を眺めて死んでいきたい〉というあきらめが同時に押し寄せてくる。

じゃあこの劇薬みたいな歌たちを、言葉の集積である原稿の束を、どんなふうに「本」のカタチにしていくかという作業も、とても刺激的でした。

今回ブックデザインをお願いした佐藤亜沙美さんには以前からとても信頼を寄せていて、彼女の読むチカラと本をデザインしていくチカラには毎回驚かされていましたが、いよいよ「やってくれたな!」という感じで。本を手に取るたび、含み笑いが止まりません。
佐藤さんとは、町田さんの歌が物体としてたち現れるとしたらそれはどんなものか、というようなイメージを伝え合う作業の繰り返しだったのですが、最終的にこのデザインが出てきたときの興奮は忘れがたく、サンプルとしていただいた出力紙を別の本に巻いて仕事場の棚に飾って、眺めながら年末年始を過ごしたほどでした。

いまにも暴れ出てきそうな言葉たちをギラギラの緑の箔でねじ伏せるような表紙と、小口染めを施すことで「本」というより「凶器」めいた存在感を与える造本設計は、町田さんの歌の迫力と見事に拮抗していて、『くるぶし』はこのカタチしかあり得なかったようにも思えてきます。光の反射で印象がめちゃくちゃ変わるところも、らしい、なと。
SNSで「本というよりこれは『呪物』だ」と表現されていた方がいましたが、まさに!と膝を打ちました。

わたしの素

さいごに、昨年から今年にかけて出版業の立ち上げやおいしさの扉の連載など、とても忙しかったと思います。忙しかった中でも木村さんの記憶に残っている「わたしの素」を教えて下さい。

ここしばらく、おもてなし料理としてすごく重宝しているのが、ローストビーフと塩豚です。
ふたつともすごく簡単で、ローストビーフは最初にオーブンで焼いてから、お醤油とニンニクに漬けておいて、食べる前に高温のフライパンで表面に焼き目を付けるだけ。黒毛和牛のA5ランクからオージービーフまで、いろいろ試して味の違いを分析して、実験みたいに楽しんでます。

塩豚はかたまり肉に塩を振って冷蔵庫で熟成させれば、1週間は余裕で持つのでありがたいです。茹でればポッサム、焼けばサムギョプサル。おもてなしの前に多数決を取ると、たいていポッサム優勢になることに齢を感じてみたり…(笑)。さらに塩を増やせばパンチェッタにもなるので、これももはや実験ですね。

ローストビーフも塩豚も、「どうぞ!」とテーブルに出したときに主役感がすごくて、みんなの反応もうれしいんですよ。

料理が右脳と左脳をバランス良く使える作業だということを知って以来、仕事脳に偏っちゃってるなーと感じたときは、積極的に料理をするようになりました。そしたらこれが本当に相性良くて…!

本を読んだあと、企画を考えたり原稿のとっかかりを探す段階に入ったら、身体を動かすようにしています。料理をしたり、散歩に行ったりとか、お掃除したり。なので、仕事が多忙になればなるほど、部屋がキレイになっていったり冷蔵庫がパンパンになっていくという謎現象が我が家では起こりがちです(笑)。

「本と生き方」の扉では、今後も木村さんの日常の出来事と生き方につながる本と、食事についてお届けしていきます。

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