コップ一杯の水
菅原敏 | 詩と余白

コップ一杯の水

誰も住んでいない一軒の家。玄関には埃をかぶった革靴とサンダル。廊下を抜けてキッチンへ。テーブルの上にガラスのコップがひとつ。傍らには折り畳まれた新聞。冷蔵庫の中の瓶詰め。黒皮のソファの置かれたリビング、壁にかけられた水彩画、大きな窓から差し込むひかり。ピアノにかけられた紺色のビロードの布。隣室の寝室のベッド、シーツは誰かが起きた時のままの仕草を残している。洗面所には四本の歯ブラシ。倒れてしまった郵便ポスト。庭の草木は伸び放題で枝葉を重ねている。車のフロントガラスに積もった砂埃。姿を消してしまった猫たちの足跡。雨が降り、黄砂が飛び、嵐が来ることもあった。そこに暮らしていた家族の痕跡。人だけが消え、時間が止まってしまったかのような風景。

「時折こうして家に戻るけど、もうここに住むことはないかな」。
かつては立入禁止区域だったが、避難指示は解除されて戻ることができるようになった。ただ、一度離れたこの場所に再び暮らす人は少ないと彼は言っていた。復興支援のイベントに呼んでいただいたときのこと。その主催者の方が、人の消えた町を、そしてかつて暮らした家を案内してくれたのだった。誰もいないキッチン、食卓に置かれたガラスのコップと、畳まれた新聞の古い日付。それらを今も思い出すことがある。

私の朝の食卓では、いつも決まって目玉焼きをのせるお皿がある。白くて薄い皿。乳白色のなめらかな釉薬がかかっている。フライパンからお皿に移す。お箸で卵の黄身の周りにすすっと線を入れ、黄身の上の薄い白身の膜をぺろりとむいて食べ始める。そんなとき、ふと「このお皿は自分の詩でできているんだな」と思うことがある。
私はこれまでに陶芸作家さんやガラス作家さんに自分の詩集を渡し、気に入った一編の詩をテーマにうつわを作ってもらったことが幾度かあった。この毎朝の目玉焼きのお皿も、コーヒーカップも、私の詩を土やガラスに翻訳したものだった。

手のひらで持ってみると、しっかりと重さを感じる。書いた言葉が重さを持って、手のひらの上に戻ってくること。その嬉しさは、いまも変わらない。

「もしも詩が水なら、どんな器に注ぐことができるのか」
長年にわたり、それが私の活動のテーマになっていた。本も紙でできたひとつのうつわであり、インターネットもデジタルのうつわ。詩は水のようにうつわの形に合わせて姿を変える。美術、建築、音楽、香水、酒、衣服、学校、福祉、そして街。どれも私が詩を注いできたうつわだった。

これまで合唱曲にもいくつかの詩を提供してきた。紙の上に書いた言葉が声の重なりとして響き合い、耳に戻ってくる。その循環が嬉しかった。詩を一編だけ渡して、そこから一着のコートが生まれたこともあった。いまも秋冬にそのコートに身を包むと、詩を着込んでいるような感覚になる。

だが、これらの活動の根っこには「いつかコップ一杯の水のような詩が書けたら」という思いがある。暮らしの中で、やさしく体に染み込む一杯の水のような詩。喉を潤し、体を巡り、その人の毎日に溶け込んでいくような詩。いつか書くことができるのだろうか。もしそれが書けたなら、もうこの仕事はやめてもいいのかなと思うときがある。
そんなことを考えるときには決まって、あの日、人の消えた家のキッチンに置かれていたガラスのコップのことを思い出す。

朝ごはんを作っている最中に、私だけが忽然とこの場から消えたなら。テーブルの上にガラスのコップがひとつ。折り畳まれた新聞。しんとしたキッチン。人は消え、コップの水に朝のひかりがそっと揺れている。

わたしの素

半分の泉

人は半分以上

水でできているという

残りは何でできているのか

誰も教えてくれなかった

喜びや悲しみだろうか

記憶だろうか

誰かの名前だろうか

私はたぶん

その残りに

言葉を注いでいる

いつか

水になることを願いながら

エッセイ・詩:菅原敏
コラージュアートワーク:花梨(étrenne)

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