甘味処 てまり
南越前町の今庄の地域活動に、事務員として4年間携わってきた橋本さん。その活動が終わるとき、橋本さんは今庄で店を開くことを考えはじめた。
子どもとつくった白玉で、店を開く
今庄に人が来てくれるように、自分にも何かできないか。そう考えた橋本さんが店の看板に選んだのは、豆腐を入れてやわらかく作る特製の白玉。子育てのころ、子どもとよく一緒に作っていた思い出の味だ。
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オイシサノトビラ
てまりを開こうと思ったのは、どんなきっかけですか。
橋本さん
今庄のまちづくりに事務員として4年間携わってきて、それが終わるころに寂しいなって思ったんです。人口も減っていくなかで、今庄に人が来てくれるように、自分にも何かできないかなって。
元々手作りのものが大好きで、編み物でバッグや帽子を作って、クラフトマーケットにもずっと出店していたんです。でもそこで食べ物のチカラを知りました。食べ物の前には、列ができるんです。それでお店では食べ物やさんをやろうと思いました。
オイシサノトビラ
どのようにお店のメニューを考えたのでしょうか。
橋本さん
最初は、街を歩きながら食べてもらえるような、お団子がいいなと思っていたんです。今庄の街並みを散策しながら楽しんでもらえたらいいなって。でも、無理なくお店を続けていけるものをと考えていくなかで思い出したのが、子育て中に子どもとよく作っていた白玉団子でした。
ただ、私、白玉粉の味があんまり得意じゃなかったんです。それで、豆腐を入れて作っていたんですね。そうすると柔らかくなって、白玉粉の味も落ち着く。その白玉やったら、いけるかなって。お客さんにも、「白玉団子は苦手やったけど、これは食べられます」って言っていただくことがあって。それはすごくうれしくなります。
オイシサノトビラ
お店を開くまでは、すんなり進みましたか。
橋本さん
地元の方に、店をやりたいという思いを伝えたら、「いいことだね」って言ってくださって。でも、「こういう時はどうするの」とか聞かれると、店をやったことがないから答えられない自分がいたんです。このままはじめて大丈夫かな、って。そのときに、先輩が古民家でそば屋をオープンすることになって、「勉強がてらおいで」って声をかけてくれたんです。そこで1年間働いて、店の忙しさや、お客さんの流れを学びました。ちょうどその1年後に、今の店に入っていたパン屋さんが移転することになって。まちの人が「ここ空くけど、どう?」って教えてくれたんです。「やります」と即答して、そこから1カ月でオープンしました。
古民家を、次の人へ
開店から6年。今は娘さんも店を手伝ってくれるという。父に言われた「楽しくやれ」を大事に店を続けてきた橋本さんは、10年のその先のことも考えている。
オイシサノトビラ
お店に立つとき、心がけていることはありますか。
橋本さん
目の前のことを一生懸命やる。小さい頃からの親の教えみたいなもので、ずっと根付いているんです。事務員の時もそうやってきたし、店を始めた今も同じ。お客さんに喜んでもらえるものを、いつも考えています。
それと、父には「どうせするんだ、楽しくやれ」って、ずっと言われてきました。小学生の頃、私が「明日嫌やな」って言うと、父がそう言ってくれて。そうやな、どうせせなあかんやでな、って。そこから、嫌なことにも向き合えるようになったんです。楽しんだもん勝ちだなって。だから今でも、何かやるときは楽しくやろうと思っています。
オイシサノトビラ
これから、やってみたいことはありますか。
橋本さん
やってみたいこととは違うかもしれませんが、店はまだ6年なので、まずは10年を目標に続けたいと思っています。今は、娘も店を手伝ってくれていて。娘は小さい時から、私の白玉を一緒に食べてきたので、こだわりもよくわかってくれているんです。娘と一緒にやっていきたい、という気持ちもあって。10年続けたら、その後は娘と一緒に、違うことを考えてもいいかなと思っています。
オイシサノトビラ
10年続いた後に「違うこと」と考えるのは、どうしてですか。
橋本さん
この店をずっと続けるのも、いいことだと思うんです。でも、今庄でお店をやりたいって相談に来られる方も、ちょこちょこいて。私はこの店で、すごく楽しませてもらいました。こんないいところだから、次にやりたい方がいるのやったら、この古民家を次の人にお渡しすることも必要なことなのかなとも思っています。
離れて暮らしても、月に2回は家族で
母の手料理で育ち、自分も家族のご飯を毎日作ってきた橋本さん。家族が離れて暮らす今も、みんなで食べる時間を大切にしている。

オイシサノトビラ
橋本さんにとって、忘れられない食事はありますか。
橋本さん
小さい時から、あまり外食をした記憶はないんです。母がずっと、手料理で育ててくれて。甘すぎず、濃すぎず、素材を生かした優しい味でした。私もその味を受け継いでいて、自然と、作るものは優しい味になっていますね。
自分が家庭を持ってからは、今度は私が作る側です。子育て中は仕事をしていなかったので、食事にしっかり時間をかけられて。家族4人、毎日一緒に食べて、一人一人の反応を見ながら、自分も「おいしい、納得」って。それが毎日でした。
今は、夫が単身赴任で、長男も家を出て、娘と2人なんです。だから、4人で食べていた味が、すごく懐かしいんです。
オイシサノトビラ
さいごに、橋本さんらしいご飯や、オイシサを感じる食事について教えてください。
橋本さん
やっぱり、誰と食べるか、ですよね。家族とは、月に2回はみんなで食べる、って決めているんです。離れて暮らしていても、みんな帰ってきてくれる。それがうれしくて。
私も店があるので、手料理はなかなか難しくて、たいてい食べに行きます。本当は「手料理」って言いたいんですけどね。それでも、家族みんなで、おいしいところで一緒に食べる時間が、すごく楽しみなんです。やっぱり私、食べることが好きなんだなって、改めて感じています。
了