畠山酒造
南越前町の今庄で、天保6年から続く造り酒屋、畠山酒造。12代目として蔵を継ぐ畠山さんに、酒造りを学ぶことと、家族で囲む食卓の話を聞きました。
歴史ある蔵を継ぐ覚悟
「お酒のことは家で教えられるから、好きな大学に行け」。そう言って剣道を続けさせてくれた父と、やがて同じ蔵で酒を造ることになった。
オイシサノトビラ
蔵を継ぐということは意識していましたか。
畠山さん
家族経営の小さな蔵なので、手伝えるようになってからは、ずっと家の手伝いをしてました。長男なんで、いずれは、ってうすうす感じてました。後継ぎにならなあかん、と思ったのは、やっぱり高校ですね。高1、高2ぐらいになると、先生に進路聞かれるじゃないですか「どこに行くんや」って。
オイシサノトビラ
蔵に入るまでは、どんな道のりがあったのでしょう。
畠山さん
お酒を学ぶ大学に行く話もあったんですけど、僕は剣道をしてたので。父が「お酒のことは家で教えられるから、好きな大学に行け」って、京都の大学で剣道を続けさせてくれたんです。
卒業してからは、いずれ帰ってこないかんので、敦賀で就職しました。休みの日は、家の手伝いです。冬の酒造りのシーズンに父が倒れて、日本酒の「に」の字も分からない状態で、蔵に入りました。
感覚と理屈の、いいところを合わせて
感覚で造る父と、理論から学べる研究所。その両方を知った畠山さんは、いいところを合わせた酒造りを考えている。
オイシサノトビラ
お父さんからは、どんなふうに酒造りを教わったんですか。
畠山さん
蔵に入ってからは、父には2シーズン教わりました。ただ、ものすごく感覚的なんです。「いま、こうなってます」って言うと、「じゃあこうしろ」、「水入れろ」と返ってくる。「なんで水入れるん?」って聞いたら、「水入れるから入れるんや」って言われるんですよ笑
日本酒の蔵には、2つのパターンがあるんです。杜氏さんを呼んできて造ってもらう蔵と、社長が自分で造る蔵。うちはもともと、杜氏さんを呼ぶ蔵やったんです。それを父が、若い時に農大で学んで、自分で造るようになった。今の「雪きらら」を作ったのも父です。そこからは何十年と造り続けてきたなかで、体で覚えていったんやと思います。昔ながらの職人気質で、理屈で説明する人じゃないんです。
でも、父のやり方しか分からないんで、このままじゃダメやなと思って。なんでそうなるのかも、知りたかったんです。それで、自分から「行かしてくれ」って頼んで、日本酒の研究機関に入らせてもらいました。毎年20人が寮で生活しながら、イチからお酒造りを学べるんです。
オイシサノトビラ
実際に行ってみて、どうでしたか。
畠山さん
研修には同じ目線の、もっと酒を売りたい、もっとおいしい酒を造りたいっていう人たちがいて。講師の方からは、今はおいしい酒なんか山ほどあるし、すぐ造れる。だから、地域に根ざすとか、そういうことも含めて酒造りを考えていかなあかん、ということを学ばしてもらいました。全国に19人の仲間ができて、今まで一人やったので、これからは違うかなと思ってます。
毎日、寮の1階の和室みたいなところで、みんなでお互いの酒を飲みながら話すんですよ。強制じゃないんですけど、せっかく来たし、少しでも吸収してやろうと思って。すごい刺激を受けて、日本酒もだいぶ好きになりました。始めたばっかりなんで、まずは自分が納得できる、自信を持って出せる酒を造れるようになろう。そう決意して帰ってきました。
オイシサノトビラ
その研修では、どんな人に出会いましたか。
畠山さん
一緒に学んだ中に40代ぐらいの人がいて、すごく仲良くさせてもらったんです。杜氏として10何年やってきたけど、しっかり学んだことは1回もなかったそうで、なぜ造ってるのかをもっと知りたいって来た人なんです。その人が、僕みたいなペーペーにも「これ何」って聞いてくるんですよ。年下とか関係なしに、お高くとまるんじゃなくて。すごいなって。
聞けるって、いいと思うんですよ、なんでも。上の立場になって、年を取ってくると、なかなか聞けないじゃないですか。でも、いろんなものを吸収していくと、絶対違う。いろいろ学ぶ精神は、ずっと大事にしていきたいと、その人を見て思いました。
研究所で学ぶのは、あくまで本の中の理詰めの世界。それだけでお酒を造っても面白くないと思ってるんで、父の感覚と、いいところを合わせながら、これからは造っていきたいです。
誰かと食べるのが、僕にとっては食事
京都の大学では、剣道部とアルバイトの毎日で、食事は後回しになりがちだった。今は2人の子どもの父親でもある畠山さんに、オイシサの話を聞きました。
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オイシサノトビラ
畠山さんにとって、おいしさって何ですか。例えば、忘れられない食事、記憶に残っている食事と言われたら、何が思い浮かびますか。
畠山さん
いろいろ思い浮かびますけど、全部です。家族で毎日食う晩飯も、大学の時に毎日食べてたカップラーメンも、どれも僕の食事です。
よく、奥さんの料理で何が一番好きかって聞かれるんですけど、全然答えられないんです。この間、適当に「ポキ丼」って言ったら、横に妻がいて、めっちゃ怒られました笑 「切っただけやんか」って。僕にとっては、何を食べるか、じゃないんかもしれないですね。
オイシサノトビラ
さいごに、畠山さんらしい食事について教えてください。
畠山さん
誰かと食べることですね。京都で一人暮らしをした時は、今思えば、確かに寂しかったですよ。でも、大学の友達と「飯行こうか」って行ったり、お金ない時は友達んちにもぐり込んで食わしてもらったり。一人で食べることは、あんまりなかったです。
うちは昔から、絶対に家族で食べるんです。自分の家族ができた今も、みんなで食べるようにしてます。みんなで食べるっていうのが、僕の中では大事なことなんです。
了