VAG/曖昧2 前編
──── 今回のテーマは「曖昧」について。デザイナーの柳原照弘さんをお迎えして、対談がはじまりました。
柳原照弘(デザイナー)
Teruhiro Yanagihara Studio主宰。インテリアデザイン・プロダクトデザイン・ブランドのクリエティブディレクション・アートディレクションなど包括的な提案を行う。神戸と仏アルルにスタジオ兼ギャラリースペースVague(ヴァーグ)を構え、日本、フランス、イギリス、台湾、オランダを拠点に国や文化を超えたプロジェクトを手がける。
山野
ガラス食器を作る時、自分の中にある曖昧な部分を形にして機能性に応えたものにしなきゃいけないのだけど、曖昧さを大切にしたい部分もあります。「曖昧」って、言葉では簡単に片付くけれど、形にするとなるととても難しい。曖昧とは何か、そして曖昧を理解しながら、どこに落としどころをつけているのかを柳原さんをお呼びして、話したいと思いました。
柳原さんが空間をデザインしているのも、アートとしての表現というより依頼主という相手がいて、どう感じてもらうかをある程度バランスを持って対話しながらやっていると思います。そういった曖昧の落としどころみたいなことを話せたらなと思いました。
まずは柳原さんの経歴や、おいしさにまつわるどんなお仕事をされてきたのかについて教えてください。
柳原
まずは20代のときにデザイナーを目指したときのことから話しますね。大学でデザインの勉強をしていた頃は、まだ将来何になりたいかが曖昧でした。あるとき、自分が通っていた大学では、僕のなりたいデザイナーにはなれないことに気づいたんです。それは、日本のデザイン教育が、モノの専門的なスキルを学んだり、その経験を積んだりする授業だったからで。大学では、家具の1/1のデザインや、人間工学に基づいたデザイン、ライフスタイルに関わるデザインなどはするんですけど、それをどこで使うのか、誰と使うのかといった思想的な部分を学ぶ機会はありませんでした。そこに違和感を覚えて、僕が学びたいデザインはこれじゃないなと感じたんです。
当時から、デザインは専門的なものというよりも、生活の中で豊かな暮らしをどうつくっていくかというところにある要素のひとつだと思っていたので、何かひとつの専門的な知識や経験だけでは解決できないなと思いました。そのとき、僕が惹かれたのが北欧のデザイナーで、Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)やASPLUND(アスプルンド)の建築はすごく魅力的で、学生のときに実際に見に行ったりもしました。建築家だからもちろん建築をつくっているんだけど、その空間や建物の中にある豊かな生活を想像して設計しているということを実感したんです。
ただ、その「豊かな暮らし」って、めちゃくちゃ曖昧だよね。
山野
そうですよね。言葉で「豊かな暮らし」と言っても、具体的にはどんなことなのか、たしかに曖昧ですよね。
柳原
空間というのは、建築の中の見えていない空気の部分で、僕はこの設計がデザイナーにとってすごく大事なことだと思っている。この空気というのは当たり前だけど見えないし、とても曖昧なもので。それは山野さんのガラスにも言えることじゃないかな。何の液体を注いでいるのか、それを誰と飲んでいるのかということを考えるなら、山野さんがやっているガラスも僕がやっているデザインも、同じ空間デザインだと思う。そして、それを共有できる友人でもあると思っている。
少し話を戻すと、おいしさという話で言えば、もともとすごく食が好きなんです。20代でミラノに行ったとき、ミラノサローネでいろんなデザイナーが家具をデザインしているところよりも、ミラノの街の中で普通の人たちがジェラートを買って楽しそうにしている光景のほうが、僕の中で強く響いたんです。やっぱり食っていいなと思った。食を通じて、器があり、ガラスがあり、テーブルがあり、照明があり、空間がある。
デザイナーとしての初期の頃から、食は大事にしてきました。食べることが好きだし、料理するのも好きだったんです。20代のときに一人ではじめたデザイン事務所でも、まかないはちゃんと作っていました。市場に買いに行って、ご飯を炊いて、パスタを作る。そういうことを、どんなに忙しくても続けていました。
そうしていると、いろんなレストランの依頼や器の依頼をいただくようになりました。2012年には、有田焼の百田陶園(ももたとうえん)という商社さんからの依頼で、「1616 / arita japan」の器をデザインしました。木村硝子でガラスのデザインをさせてもらったり、京都の「Farmoon(ファームーン)」というレストランを手がけたりもしました。今もレストランはいくつか設計させてもらっています。
山野
柳原さんは、空間をデザインしていながら「食」が主軸にある人だなって思っています。それって生活するっていうことにおいて、すごく重要なことだと思います。ただ、さっきの話じゃないけど、たとえばレストランを作ったりするときに、どこを主軸に考えるのか、気になっています。私もガラス食器を作るときに、例えばレストランから今年のアップルサイダー用のグラスが欲しいと言われたのなら、テイスティングして、今年のアップルサイダーは少し甘みがあるのか酸っぱいのかで「じゃ、こういうグラスにしましょう」「バジェットはいくらですか」「棚の高さはどのくらいですか」っていうところからスタートする。すごく合理性を持って形ができていきます。レストラン用のオーダーメイドみたいな感じです。
だけど空間となると、住宅のようなプライベート空間だったら、その住宅に住んでいる方の人数、体格、行動で家のデザインも決まるのだろうけれど、レストランなどのパブリック空間では、どこに主軸に置いて考えるのか思考も違うのかな、と。調理する人なのか運ぶ人なのか、そこに来てくれる人がどんな人なのか。子供なのか大人なのか、女性なのか男性なのか中性なのか「みんな」を意識するとどんどん曖昧になっていくと思うんです。
対象者が曖昧な中で、どうやって 形にしているのかな、とすごく気になっています。バランスの取り方みたいなことかもしれないですが。そこには答えがあるのか分からないのだけど、聞けたらいいなと思いました。
柳原
もともと僕は、特定の人に対してデザインするというよりは、「これを使ってくれる人は誰だろう」と想像しながら作ることが多い。有田のときもそうでした。僕に依頼が来たときには、ほとんどが国内向けの業務用食器で、和食屋さんや料亭、旅館などで使われるものが中心でした。売り上げがどんどん下がってしまい、新しいものを作りたいという相談で。僕は、業務用という限られた人に向けたものではない、新しい器を作りたいと思ったんです。頭の中で想像したのは、日本人が使うシチュエーションではなくて、フォークとナイフで食べている情景、それは北欧で使われているイメージでした。はっきり覚えているのは、ミーティングした初日に「日本の専門的な業務用食器ではなく、世界中の人たちがこのお皿を使って日常の食卓を豊かにする、そんな器を作りましょう」と話したことです。
その時すでに僕の中にはイメージができていました。器そのものをイメージしてデザインしたというよりは、情景だったり、食卓の中にどういう光があって、どういう人たちが食事をしているのか、そういうことを想像していたんです。空間というのは、常に見えているディテールではなく、誰が使っているかを想像することだと思う。
僕はちょっと想像しすぎなくらい、いつも想像しているかもしれない。
山野
わかります。想像力って大事ですよね。それがぴったり当たっているかどうか分からないけれど、自分がどこまで想像して落とし込めるかっていうことは、私もすごく考えています。
柳原
僕の場合、あまりデスクで考えることはなくて、歩きながら考えたりしていますね。そのほうが脳が動くというか。20代からずっとそうやっているかもしれない。頭の中で図面のようなものができていたり、書かなくてもパースが浮かんできたりしています。たとえば、レストランの設計の依頼が来たら、現場に行った瞬間に、この空間にはここにキッチンがあって、ここにお客さんが来て、このシェフがこういう料理をして……といったイメージが頭の中に立ち上がる。「ああ、それとここは動線が少し難しいな」とか、「ワインを取りに行くときに少し距離があるな」といったことも、頭の中のパースで処理しています。そういうことをずっと考えてきたので、空間で想像する力が身についたのだと思っています。
山野
そうなんですよね。
柳原
テーマの「曖昧」につながるんだけど、僕は曖昧さを前提にコミュニケーションをすること自体が、ひとつのデザインだと考えています。
たとえば、一緒に2人でご飯を食べていて「おいしいよね」という言葉を交わすとする。それは言葉としては同じ言葉を共有できていて、「うん、おいしい」となったとしてもその「おいしい」の中身はそれぞれ違っているかもしれなくて。旨味のことかもしれないし食感に近い感覚かもしれない。でも、そうした細かいディテールを言葉にしなくても「おいしいよね」という一言で、その場の感覚は共有できる。つまり、曖昧なままでも空間は共有できる、ということだだと思うんです。
山野
そうですね。その「おいしい」は、「楽しいよね」かもしれないし。「おいしいよね」が、実は味じゃなくて、そこの空間を楽しんでいるのもひっくるめての「おいしいよね」っていう言葉かもしれないし。
柳原
そうそう。そこをどう相手に共感してもらうかというのは、図面においてもデザインにおいても同じですよね。一緒にやるとワクワクするねとか、いい空間ができそうだねと思ってもらえることが大事。いいものを作る前に、そのイメージをどう共有するかということは、すごく大切にしています。
VAG/曖昧1
VAG/曖昧2 前編
VAG/曖昧2 後編
VAG/曖昧3 (6/4公開予定)