シェイクスピア・アンド・カンパニーの日々
シェイクスピア・アンド・カンパニーの日々
松浦弥太郎 | 今日もていねいに。

シェイクスピア・アンド・カンパニーの日々

二十代の頃、パリは憧れの街だった。当時のぼくは「北回帰線」を読んで、著者のヘンリー・ミラーに傾倒していて、彼のようにニューヨークからパリへ行き、その地で自由奔放に暮らすことが夢だった。

はじめてパリを訪れたのは25歳だった。フランス語も話せず、右も左もわからなかったが、若気の至りで、そこに行けばなんとかなると思っていた。
セーヌ川左岸にある本屋「シェイクスピア・アンド・カンパニー」。パリでありながら英語の書籍のみを扱う本屋で、かつてパリに暮らしたヘミングウェイをはじめとする、アメリカ人の芸術家たちの憩いの場であり、第二の家でもあった。

「あそこに行けば、働かせてくれて寝泊まりできるんだ」。ニューヨークのストランド書店で働く友人のスティーブがぼくにこう言った。ぼくはそれを鵜呑みにして、あわよくばパリで働くことができるかもしれない。しかも寝泊まりができる。そう思って、憧れのパリに到着したその足で「シェイクスピア・アンド・カンパニー」に向かった。

「シェイクスピア・アンド・カンパニー」は、いかにも老舗の本屋という風格がありながら、サロンのような風通しの良い雰囲気だった。店の前にはいくつもベンチが置かれ、訪れた人々が自由に読書したり、足を休めたりと、とてものどかで平和な雰囲気に包まれていた。

年季の入った木の扉を開けると、すぐにレジがあり、眼鏡をかけた若い女性が立っていた。「Hi」と挨拶すると、ぼくを見て「Hi」と微笑んだ。「荷物をどこかに置いてもいいですか?」と言うと、「もちろんよ。どこに置いてもいいわよ」と女性は言った。

店内を見渡すと、サンフランシスコのCITYLIGHT BOOK STOREのポスターが貼ってあった。ぼくがそれを見ていると、「CITYLIGHT BOOK STOREとわたしたちはパートナーシップを結んでいるのよ」と女性が言った。サンフランシスコに居た頃、CITYLIGHT BOOK STOREにはよく通ったと言うと、女性は「ここもあそこのように自由を大切にしているの」と言って、指に挟んだたばこをおいしそうに吸った。

「もしかしたら、ここで働いたり、寝泊まりってできるんですか?」とぼくが聞くと、「そうね。できるわ。でもいくつか条件というか、決まり事があるの。えーと、まずは一日一冊の本を読むこと。写真付きの履歴書を提出すること。毎日2時間ここで働くこと。期間は一ヶ月。あとは、そうね、まあ、自分でできることをすることかな。ベッドが空いていればの話しだけど」と女性は言った。

「もし興味があったら、これからランチをするけれど一緒にどう? 店にあるキッチンで自炊しているのよ。今日はギリシャから来ている女の子がスープを作ってるはず。店の前のテーブルで食べるから、そこに待ってて」と言った。

店の前にはいくつか折りたたみのテーブルと椅子があって、店で働く人たちはそこで食事をするのが習慣になっていた。その前に、ぼくは店の中をあちこちと見させてもらうことにした。

扱っている本は新刊も古書も混ざり合っていた。一階と二階には、書棚に囲まれた小部屋がたくさんあって、ところどころに椅子やソファーがあって、誰もがゆっくりと読書ができる自由さにあふれていた。ここなら一日中居てもいいなと、ぼくは思った。

ふと見るとそこには「タンブルウィード」と呼ばれる滞在者が使う小さなベッドがところどころにあり、まさに店全体が簡易宿泊所のようになっていた。はしごで登る屋根裏部屋もあり、どうやらそこは長期滞在している人の住処のようだった。本屋でありながら家でもある。これが「シェイクスピア・アンド・カンパニー」だった。

店の前の小さな広場に行くと、三人のタンブルウィードがテーブルに集まって食事を待っていた。ぼくは簡単な自己紹介してその輪に加わった。誰もが新しい人を迎えることを喜ぶ、このカルチャーは、サンフランシスコにもあり、ぼくはすぐに溶け込むことができた。フランス語ではなく英語が使えるのがよかった。

ランチは、ギリシャの鶏肉のスープだった。レモンがたっぷり使われていて、とてもおいしくておかわりをした。料理を担当したギリシャ人の女性に聞くと、お米と卵が具になった「アヴゴレモノ」というギリシャの伝統料理だと教えてくれた。テーブルにはいろいろな種類のバゲットとバターがたっぷりと置かれ、誰かが持ってきたワインのボトルも開けられて、けれども、誰一人、騒ぐことなく、品よくなごやかに食事する感じがパリっぽいと思った。

「君はいつからここに?」とイギリス人の青年に聞かれて、「まだパリに来たばかりで、これからどうしようか考えてるんだ」と答えると、「ここは楽しいよ。毎日、好きな本が読めるから」と彼は微笑んだ。


つづく

わたしの素

牛そぼろが大好きだ。
母が作るお弁当には、のり弁と牛そぼろ弁当というバリエーションがあり、牛そぼろの弁当のときは、ほんとうに嬉しかった。
朝、台所から甘辛い醤油の匂いがしてくると、今日は牛そぼろかもしれないと思った。だからといって、先に弁当箱をのぞくことはしなかった。昼になってフタを開けるまで、ぼくは楽しみを取っておきたかった。
白いごはんの上に、茶色い牛そぼろと、黄色い卵そぼろが並んでいる。ときどき、緑のさやえんどうが添えられていた。その三つの色だけで、おかずは無くても、ずいぶんごちそうに見えた。
牛そぼろの甘い味が、ごはんにしみている。冷めているのに、おいしい。いや、お弁当というものは、冷めているからこそ、おいしい。
ある日、大人になってから、自分でも作ってみた。醤油と砂糖と酒と生姜。ひとつもむずかしい料理ではない。けれども、母の味にはならなかった。きっと、味つけだけではないのだ。朝早く起きて作ってくれたこと。きれいに詰めてくれたこと。昼になれば、ぼくがお腹を空かせるだろうと思ってくれたこと。
あの牛そぼろには、母のそういう愛情が、おいしさになって入っていたのだと思う。

メッセージ

規約への同意

※お送りいただいたご意見は編集部が受け取り、アンバサダーにお届けするほか、今後の記事作成やサイト運営の参考とさせていただきます。 ※お送りいただいたご意見をアンバサダーおよび編集部が今後の記事で一部引用する場合があります。ご了承ください。 ※募集していない質問や要望に対し、個別具体な回答はいたしません。 ※誹謗中傷、差別的な発言、公序良俗に反する内容の書き込みは固くお断りいたします。

連載

おいしさってなんだろう?をテーマに
その人らしい"おいしさ"をもつ
筆者たちの連載をお届けしています。

おすすめ