平たい桃とフィルムカメラ
夜の10時過ぎまで空が明るかった。あれは何月だったのだろう。旅の記憶はどんどん薄れていく。そしてその分、自分の思いが勝手に街の色を塗り替えていく。どこまでが本当の記憶なのかわからないその部屋で、私たちはサラダを作っている。窓辺にあるサンルームの小上がりにあがって胡座をかいて、長いこと空を眺めていた。
いまも手元に一枚の写真が残っている。巨大な百科事典を重ねて重石をしたように潰れた、平たい桃の写真。最初にナイフを入れたとき、その硬さに驚いた。初めての街の市場で、手にとった平たい桃。私たちはその硬くて平たい桃をよく買って、皮を剥いては薄切りにしてサラダに入れていた。ちゃんと熟れ頃を待てばやわらかで甘い桃になるらしく、蟠桃という名前を知ったのは旅から戻って随分後のことだった。
チェコ・プラハの街で借りていた大きなワンルームの部屋で、大理石の床のひんやりした冷たさを素足で感じながらキッチンに立っていた。見知らぬ野菜を買ってきてはサラダを作った。口に入れて苦味や甘みを知り、時折検索して調べては、意外と生でもいけるね、などと話しながらビールを飲み、薄く切った桃をのせて、胡桃を散らしてオリーブオイルとバルサミコ酢、塩胡椒で味を整える。
夕焼けと朝焼けの間のような、やわらかに明るい白夜の夜。巨大なペットボトルに入った三リットルの黒ビール。名前の知らない野菜がたくさんボウルの中。食卓から空を見る。
プラハに借りた部屋を拠点に東ヨーロッパを巡りながら、ポーランドとロシアで詩の朗読をするという旅だった。プラハで数週間を過ごし、その後フィンランドのヘルシンキへ。そこから特急列車でロシアのサンクトペテルブルクへ向かう。大好きな詩人でもあるプーシキンの生家、プーシキン博物館で詩の朗読。その後また列車でフィンランドへ戻る。今度は船でエストニアに渡り、ラトビア、リトアニアへ。バルト三国を巡ったのちに再び列車でポーランドへ向かい詩を読み、またプラハに戻って過ごす。そんな二ヶ月ほどのスケジュール。
ロシアの赤くて冷たい苺のスープ、
エストニアの梨のシードル、
リトアニアの無人駅で食べた豆とソーセージ、
ポーランドの薔薇のジャムが入ったドーナツ。
どれも忘れ難い食の記憶。それでも何故か一番に思い出すのはプラハで食べていた平たい桃のことだった。私たちは一コマのフィルムで二枚の写真が撮れるハーフカメラ、使い捨てのフィルムカメラ、そしてiPhoneでもたくさん写真を撮った。手元に残った桃の写真。フィルムで撮った写真というのは、何故こんなにも在りし日の姿を、別世界の出来事のように変えてしまうのだろう。
確かにそこにあったもの、長い歳月を共にしてきた人、訪れた場所、何度も見た景色なのに、写っているのは何故か私の知らない表情、どこか別の星の出来事のようで、記憶も、過ごしてきた時間も曖昧にしてしまう。全てを写しきらないことで、過去をいかようにでも補完してくれる余白があった。
その一方でフィルムは、当人たちでさえ気づいていなかったことを雄弁に語ってしまう残酷さも併せ持っていた。笑顔の裏に隠されていたもの、言葉にならなかった感情。それらもまた平たい桃と同じように現像されて、封筒の中に眠っている。だからこそ、私たちは写真を撮るのだろうか。
いまも私は旅をしては現地の市場で野菜や果物を買う。そしてファインダーを覗くとき、少しだけ臆病になる。シャッターの音が不自然なほど大きく響く。何かすまないことでもするように、それでもどこか今の自分の気持ちを確かめるように、シャッターを押す。そうして背を丸めて早々に鞄にカメラを仕舞い込む。
