詩と余白
海の消えた街
詩人
菅原敏
「68年の御愛顧、ありがとうございました」
この街にあった小さな海が、昨年末でひとつ消えてしまった。閉じたシャッターに残された張り紙を見たときの喪失感は思った以上に大きいもので、自分でも驚いていた。癖のある手書きの文字。油性のマジックペンで書かれた文字はところどころ修正されていて、ガムテープふたつで古びた灰色のシャッターに貼られていた。その後の数日間、私は買い物で商店街に出るたびに折々でため息をついていることに気づいた。自分にできることなどなかったのだが、何か後悔のようなものも確かにあって、それが何かは今もわからない。週に数回、買いに来ていただけの自分がこんなに落胆しているのだから、このお店が街の多くの人に愛されていたことは容易に想像がつく。
小さな商店街の一角。年配のご夫婦で営んでおり、68年ということは二代目だったのだろうか。さばさばとした雰囲気のお母さんと、どこかのんびりとしていつも笑顔の柔らかなお父さん。そんなおふたりで店を切り盛りしていたが、接客は主にお父さんが担当しているようだった。市場で仕入れたばかりの旬の魚たちがガラスのショーケースに並ぶ。そんな季節ごとの海産物を眺めるのも好きだった。
「今日はサワラが入ってるんですね」と聞くと、「うん、脂が乗ってて今日一番のおすすめ。おいしいよね」とお父さん。「うーん、今日はキンメにしようかな」と私、「はい、キンメをふたつ。塩焼きも煮付けも良いよ。おいしいよね」とお父さん。たいてい私は切り身を買うのだが、いつでもお父さんは私が魚を選んだ後に必ず「おいしいよね」と言う。小柄で、よく日に焼けていて、その笑顔と同じくらい柔らかい声だった。
「おいしいよね」という言葉。押し付けるわけでも、説明するわけでもなく、もう自分が買うことを決めているものに最後の魔法をかけてもらうようにして私はその言葉を受け取っていた。ひとしきり仕事を終えた後、疲れた体で近所の公園に向かう。高台から富士山を見て、梅林の間を散策し、それから魚屋へ向かい、白い包装紙に包まれた切り身と共に受け取っていた言葉。
ある日、昼過ぎに行った際にはあごにご飯つぶがひとつ付いていて、私は「お父さん、あごにご飯つぶが」と伝えると「ほんと?ちょうどお昼ごはんでまかないを食べてたんだよね」と笑いながらそれを探し当ててぱくっと食べた。その時の笑顔もよく覚えている。
この街に越してきてわずか数年で商店街から豆腐屋さんが消え、そして魚屋さんも消えてしまった。どちらも年配のご夫婦で営んでいた店だった。ご家族のことは知らないけれど、おそらく後を継ぐ人がいないのだろう。魚屋さんのとなりに昨年できたパン屋さんに入り、買い物ついでに「魚屋さん、閉店しちゃったんですね」と尋ねてみた。少し体調を崩されてはいたが今はだいぶ元気そうで「近所に住んでいるから駅前のスーパーでもたまに見かけますよ」とのことだった。元魚屋さんのおふたりもまた、スーパーで魚を買うのだろうか。
魚屋さんはいつでも海と繋がっている。この街の小さな海。68年もの間、魚たちは食卓へと届けられた。「長い間お疲れ様でした」と私はシャッターに貼られた張り紙に目をやって、お父さんの「おいしいよね」の言葉を思い出す。家に戻り食材たちを冷蔵庫に入れながら、少し寂しいけれど同時にあたたかな気持ちで台所に立ち、夕飯の支度をする。包丁を入れるたび、ほんのわずかに潮の匂いが立つ気がする。

わたしの素
むかし海だった店
干上がってしまった海を
借り受けた夫婦がいた
長く閉じていたシャッターを開けると
何匹かの蟹が飛び出してきて
商店街の隙間へと逃げ込んでいった
この店はかつては海だったので
砂つぶ 貝殻 すべやかなガラス片
そんなものたちが部屋の隅におちていた
ひと通り掃除などして
ひと息ついたときには
波の音が聞こえる気がした
もしかしたら
電車の音だったのかもしれないねと
ずっと後になってふたりは話した
彼らの店は五年ほど続いた
生活の折々で海を感じることが多かったのか
彼らは海沿いの街に引っ越しますという
張り紙をのこして
街を出て行った
残念だねと彼らふたりを惜しむ街の声も
たくさんあった
また誰かが かつて海だったこの店の
シャッターを開ける
とてもちいさなひとつの海
エッセイ・詩:菅原敏
コラージュアートワーク:花梨(étrenne)
連載
詩と余白の扉
詩人
菅原敏
日常の余白に言葉を重ね、想像の世界をひらく詩人・菅原敏さん。彼のらしさの素をつくる詩と、ともに語られる食事の記憶。