遊牧民のラグはバターの香り
インドのラダックから帰国して、もう1ヶ月が経つ。いつの間にか暑さも和らいできたような気もして(そもそも今年は猛暑日が少なかったが)、なんだか寂しい。通り雨のあとに吹く涼しい風に、ふと夏の終わりを感じる。季節の流れのなかで、いちばん感傷的になるのは夏から秋へ移り変わるときだと私は思うが、それは万人に共通するものなのだろうか。
旅の終わりにも、感傷的な気持ちはつきものだ。自然のなかで過ごした時間が長ければ長いほど、登る山が大きければ大きいほど、それは顕著に現れる。旅は期限付き。いつか終わるとわかっていても、日常からかけ離れた美しい世界から唐突に切り離され、宙ぶらりんになるあの心許なさに、いつも戸惑ってしまう。なぜ私は帰らなければいけないのだろうかと。同時に、この瞬間はもう二度と戻ってこないのだという切実さが迫ってくる。忘れたくない、忘れるわけにはいかない、そんな気持ちが込み上げてくる。
けれど、今回の旅はいつもと様子が違った。旅が終わってしまったという喪失感もそれほどなく、帰国してすぐにいつもの日常がするりと走り出して、なんだか不思議な気分だった。荒涼とした山のなかをトレッキングしたり、遊牧民が暮らすチャンタン地方へと足を伸ばしたりもしたが、それ以外のほとんどを小さなレーの街で過ごし、そのなんでもない日々が普段の暮らしに近いものだったからかもしれない。
朝はゆっくり起きてシャワーを浴び、ホテルで軽く朝食を食べてから、とくに目的もなくメインマーケットのほうへ歩いていった。道端には野良犬や牛がのんびりしていて、心のなかで「おはよう」と声をかけるのが習慣になった。3週間も過ごせばいつしか行きつけのカフェができ、そこで珈琲を飲んでから骨董店を見て回り、ときには見晴らしのいい高台まで登ったりもして、疲れたらホテルに戻って昼寝をした。陽が傾いて涼しくなるのを見計らって、また同じ道を歩いていって、こまごまとした買い物をしてから、お決まりのレストランでカレーを食べた。そして最後に甘いチャイを飲み、1日を締めくくるのだ。着替えは少ししか持っていかなかったので、こまめに洗濯をしてホテルのバルコニーに干した。乾燥した空気と強い陽射しのおかげで、すぐにカラッと乾くのが嬉しかった。
こんなふうに時間は余るほどあったのに、定番の観光地であるパンゴン・ツォ(映画の舞台にもなった青い湖)にも、有名なゴンパ(僧院)巡りにも、結局行かなかった。ラダックらしい写真を撮るなら、行ったほうがよかったこともわかっていた。けれど、それはいったい誰のためなのだろう。それよりも、なにをするでもなくレーの街で過ごす時間がいちばんの贅沢で、そのときの私が求めていたことだった。思えば、旅先でこんなにのんびり過ごすのは初めてだったかもしれない。おかげで心は深く満たされて、なににも囚われずに無邪気に過ごしていたころの自分に、少しだけ戻れたような気がした。
それから、一緒に旅をした友人の存在も大きかった。日本に戻り、忙しない世の中の流れに心が埋もれてしまいそうになっても、あの日々の思い出を共有できる人がいるということは、とても心強くてあたたかいものだ。時間が経つにつれ、記憶はどうしても薄れていくが、もし私が忘れてしまったとしても、きっと友人が補ってくれるはず。そう思うと、少し心が軽くなる。
帰国した翌日には、レーの郵便局から送った荷物が届いた。梱包作業や発送にもなかなかの苦労があり、インドからの荷物がスムーズに届くはずがないだろうと思っていたが、結局1週間足らずで自宅に届き、ほっとした反面、なんだか拍子抜けしてしまった。長旅を経てぼろぼろになった段ボールを開けると、まとわりつくようなバターの甘い香りが部屋中に漂った。中身は、遊牧民の人たちから直接買い付けた手織りのラグ。彼らが日ごろ煮炊きをしているテントのなかで実際に使われていたものもあって、その暮らしの香りがしっかりと染みついていたのだった。現地ではそこまで気にならなくても、やはり自宅で広げてみるとかなり強烈。そのうえ毛足のなかには大量の砂埃も巻き込んでいたので、大きいものは専門のクリーニング業者に持ち込み、小さいものは自分で洗うことにした。天気のいい日を見計らって、数枚ずつ洗っては屋上に干す作業はなかなか楽しく、レーのホテルで洗濯をしていたときのことを思い出す。清潔になったラグはふわふわでほんのりあたたかく、羊を抱きしめているような感じがして、たまらなく愛おしい。すべて洗い終わったら、仕上げにフリンジを整えて、冬に向けて販売の準備を進めていく予定だ。標高4500mの高原で丁寧に織られた素朴なラグは、こうしてはるばる日本にやってきて、また別の誰かの手に渡る日を静かに待っている。

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