ORD/言葉1
食事を空想するプロジェクト

ORD/言葉1

90年代半ばに初めてアメリカのド砂漠に住んだとき、今まで住んできた自分の世界との違いに驚かされた。街路樹のサボテン、庭先に頻繁に飛んでくるハチドリ、雨ではしゃぐ大人たち、夕方以降に陽が沈みかけてからプールに入ったり(なんなら水着を着てプールサイドで本を読むだけだったり)、デートの時に車で迎えに来てくれた先輩が運転席から降りて助手席のドアを開けてくれたり(その間待っていることのもどかしさも含む)。私の世界では、「街路樹」はイチョウ、「庭の鳥」は雀、「雨」はなんとなく嫌なものだったし、「プール」は入ることに意味があり、「助手席のドア」は迷わず自分で開ける。アリゾナでの経験から、環境や文化の違う人たちに同じ単語を並べたとき、私の持つ解釈とはだいぶ違ってくると実感した。単語を覚えただけでは理解し切れなかった自分との言葉の解釈の違いがとても興味深かったし、きっと同じ言語を喋っていても個人的要素も大きく反映するのだろうと思った。

スウェーデンに住み出した頃にもそんなことはよくあった。近所の人にランドリーの場所を聞くと、みんなが口を揃えて「黄色い建物の中にある」と言った。どう探しても「黄色い建物」が見つからず、デンマーク人の友人にその建物まで連れて行ってもらった。「黄色い建物」と呼ばれたその建物は「ベージュの建物」だった。言われてみて、どうにかそのベージュを黄色に見ようと努力をしてみたけど、私にはベージュにしか見えなかった(ベージュと言っても色々あるけど)。私の日本の友人たちも高い確率でこの色を「ベージュ」と言ったに違いない、と思って、小さなホームシックを覚えた。25年も経つと「黄色い建物」と言われたらベージュも含んで「黄色い建物」を探すようになった。時間をかけてその言葉の中にある解釈(社会的共通認識)を手に入れた。

そういえば、アパートをシェアしていた友人から「ホワイトラズベリーを食べたことがあるか?」と聞かれたことがあった。ガラスでできたような白っぽい半透明なラズベリーを想像していたけど、その後、実物に出会ってみたら黄色いラズベリーで、少しがっかりしたことがあった。黄色いラズベリーが悪いわけではないけど、「ホワイト」をクリアと認識している職業病的要素もあったのかもしれない。
「黄色」と言ってもベージュだったり、「ホワイト」と言っても黄色だったり、人によって想像する色味が違って認識していることがあって、言葉って奥が深いし幅が広い。
しかも、ただ単語を並べただけでも言葉は通じるのだけれど、言葉の中にある解釈を理解した上で表現するなら、同じことを言うのにも色々な表現があって、無意識に私たちはそれを使いこなしている気がする。例えば、息子がスウェーデン人の父親にスウェーデン語で「このリンゴ、食べたい!」と言って、私には日本語で「このリンゴ、いい匂いだね。」とだけ言う。スウェーデンではちゃんと「食べたい」と直球に言わないと食べるところにまで辿り着かない。日本語では、いい匂いのリンゴが食べ時だと知っているからこそ、匂いから美味しそうだな、食べたいな、と連想させる。日本の空気を読む文化が言葉にも表れているのだと、食い意地の風情を知った。

名前など分からない道具の形にヒントを得て、単語一つを頼りにその行為を想像することもある。エストニアがまだEUに加盟していなかった2000年初め、タリンの中央駅近くにロシアンマーケットと呼ばれた雑多な蚤の市のようなものがあった。そこではなんでも手に入った。野菜や果物の食料品はもちろん、道具や食器類、日用品、自転車やジュエリーなども売られていた。そこで、刃先がギザギザで弓形に湾曲した小さな美しいナイフを見つけた。英語で何に使うものかと尋ねたけれど、ロシア語しか喋れないと言われ、カタコトで会話をした。その時そのロシア人女性が「バター」と言った気がして、彼女のジェスチャーからバターの表面を綺麗にするための道具だと勝手に解釈した。頭の中で銀閣寺の銀沙灘の庭園を想像しながら話を聞いた。話を聞きながら、ロシアのどこかで、白いクロスの敷かれた長いテーブルに置かれたガラスのバターケースを思い浮かべていた。カッティングがされて綺麗に磨かれた厚めのクリアガラスのカバーを開けるとそこに表面に波を打った「バター」が光り輝いている情景を想像できた。本当の使い道は未だ疑問だ。

その「言葉」をどこまで解釈できているのかは見聞を広げることなのかもしれないし、経験なのかもしれない。そして、「言葉」は自分達が何かを伝達できることや理解できることへのある種の「容器」のようなものでもあるのかもしれない。
最近、英語の勉強のためにAIのブッダ(教材の一部)と会話しているせいか、なんだか得体の知れない哲学感が出てきてしまった(その前はAIのツタンカーメンと英会話した)。ちょっと引き気味に苦笑いをしながらこれを書いている。

ORD/言葉1
ORD/言葉2 前編
ORD/言葉2 後編
ORD/言葉3 

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