食事を空想するプロジェクト
ÖVERSIKT/あらすじ2 前編
ガラス作家
山野アンダーソン陽子
──── このプロジェクトは、オイシサノトビラのインタビューで「おいしさ」について質問されたことがきっかけではじまりました。味や見た目、第三者の評価や点数だけではない「おいしさ」と向き合うと、もっと別に何かが生まれるかもしれない...。
今回は「食事を空想するプロジェクト」をはじめるにあたって、自然や社会とものづくりの関係を考えるプロデューサーの永井佳子さんとの対談をお届けします。
永井佳子(プロデューサー)
プロダクションレーベルMateria Prima 主宰。フィールドワークによるリサーチを基軸に、目的や企画に即して芸術家やデザイナー、職人といった様々なクリエイティブを引き合わせ、協働しながらコンテンツのディレクションを行っている。主な企画に京都の地下水を描くプロジェクト『Water Calling』、学び続けるためのプラットフォーム『Hamacho Liberal Arts』。京都市立芸術大学非常勤講師。
対談にあたって
山野
私は食器屋として、おいしさに関わった仕事をしているのですが、食器だけで物事が成り立つということはないし、その時の社会的背景だったり、文化や人の生活が関わり合って私たちは物を作ったり、クリエーションしていると思います。それは永井さんがずっとやってきていることとちょっと似ているかもしれません。ただ単に見た目だけが素敵なデザインとかではなくて、ものを作ることってやはりその後ろに工程や思考がありますよね。
専門的にやればやるほど社会的な問題点、ゴミや環境のこと、予算や販売する時の価格なども考えたりしていかなきゃいけない。でも、このプロジェクトでは、そういうどっぷり現実的なことばっかりを語るのではなく、ある種小説の中に存在するおいしさのような、ガチガチに固められた現実っていうところから離れた表現ができたらと思いました。それでも、それぞれ専門領域をもつ人たちと、どんどん想像を膨らまして、現実ではできないことだけど、もしかしたらできなくもないかもしれないようなことを空想していけたらおもしろいんじゃないかなと思っています。
たとえば、私はガラス食器を 1日に20個ぐらいしか作ることができないのですが、もし1,000個吹けるんだったら学校の給食で使ってもらえるかな…とか。
私の食器は普段レストランで使われたりもすることもあり食洗機を使う前提でつくらなければいけません。その規定も自分で作る時に意識しなくてはいけないのだけど、そういうことを気にしなくてもいいのだったら、創れる幅がもっと広がります。制作上、私1人の力では無理なことやサイズや予算などの現実問題がいろいろあったりしますが、それってそれぞれの分野であると思うんです。建築家、陶芸家、ワイナリー…などなど。例えば、いつもケーキ作りに向き合っている人が「現実の問題」を気にしなくていいんだったら、こういうケーキを作ってみたいとか。いろんな分野の方に、もし自由にできるとしたらどうなりますか、と聞いてみたいです。
永井
それはおもしろいかもしれないですね。空想って聞くと、捉えようによってはファンタジーだと思う人もいるかもしれないなって思っていたのですが、現実に阻まれて実現できないことを考える、ということはとても興味があります。ある意味、理想だけど、ひとりよがりではなくて、他の人のことを考えながら、技術とかセンスを活かすにはどうしたらよいか。
流通とか、予算とか、材料との関わりを考えると、そんなの無理だよ、っていう現状について、まずは仮に制限をなくしたらどんなことができるのだろうって考えること。普段、作る現場にいる人たちが抱えているジレンマだけではなくて、そういう人たちが真剣においしさと向き合って考えていることを話してもらえたら、依頼する人や使う人の想像力も刺激されるかもしれないですね。ファンタジーではなく、作り手が考えている理想のかたち。その途中で、技術とか専門性、作業をしている環境や材料の話も出てきそうですよね。そう考えると、かならずしも「誕生日会」という設定をしなくてもよいかもしれない。様々な食事の場面や、食事にいたるまでの時間のなかに、ものづくりが含まれているんじゃないかな。
永井
山野さんが自分のことを食器屋だと思っているという話にはハッとしました。自分のことをそう思っているんだ、と。1日に20個しかガラスを作れないという現実を知ることができるのも興味深かった。ものづくりを通じてどうやって社会に関わろうとしているかを考えているのを感じます。例えば、土や水や空気など、自然資源がどのように採取されて、素材となって、私たちの生活に取り入れられているのかを実感を伴って知っているのは、ものづくりをしている職人さんたちだと思います。だから、一番、環境とか社会に近いところにいると思うのです。特に作業場に行くと、材料を無駄にしない心意気を感じる。それもそのはず、例えば陶芸家さんは、土そのものを扱っていて、陶土や釉薬が地球の表面のどこから採掘されているかを知りながら作っているのですよね。当たり前のように聞こえるけど、自然資源に日々、手で触れているということ。だからこそ、素材の未来に対する危機感も全然違う。
そんななかで、おいしい環境を整えるためのものづくりをしていても、いろいろな制限を目の前にして、思い通りのものを作ることは難しい。もし制限がなかったらこんなものが作りたいという考えは言葉でしか伝えることができないですよね。どういう世界を思い描いているのか。実際のものにする以前の頭のなかにある考えって、聞いているほうもワクワクするな。
山野
このプロジェクトで、改めて食器を見つめ直すきっかけになったりとか、食材を見つめ直すきっかけになったりしたらいいなって。蛇口をひねったら水が出て、スウェーデンの水おいしいなって思ってるけれど、これってどういう仕組みで水が来てるのかなとか。自分が知らないことがいっぱいあるけど、疑問すら持たずに生きていることが多いと思ったんです。
ひとつのヒントをポンと置くだけで、当たり前に生きてるところに疑問を抱いて、仕組みだったり自分が関わっていることだったり、実はそれが平和につながっていることなのかもしれない。みんな平和を願っているって思うのだけど、でも結果として自分が無知だったから間違えた選択をしている可能性もあると思うんです。それぞれの専門的な人たちの見解から、そのことを考えたら、今までの自分の判断とは違う答えが生まれるかもしれない。そのきっかけ作りみたいなのにもなったらいいのかなとも思っています。
永井
山野さんが「専門的な人たち」というのは、ある一定の技術を持った人というような意味ですよね。ガラス職人、木工職人、陶芸家、建築家・・・、それぞれ技術と発想を駆使して、食べる環境を作っている人たちが、どういう理想をもってものづくりに取り組んでいるかを聞くことは、ものがどこから来ているのか、どうやって生まれているのかを知ることにもつながりますよね。そうすることで、見えてくるものがありそう。例えば、木工家の人がテーブルを作るのに、空間や予算の制限がなかったらグローブ状にして、中にも外にも人が座れたらそこにおいしさが生まれると思っているかもしれない。もしくは建築家が住宅のキッチンを設計するのにも、料理をする前と後の会話のための空間づくりを大切にしていたり、いろいろな考えがあると思う。そういった空間作りがどうやって味に影響していくのかというお話も聞いてみたい。
山野さんが、ガラスだけではなくて、いろんな専門家の人と工房でしているような話を、実際にその人が作ったものを使いながら聞くことで、おいしさの実感が変わってくるかもしれない。実は素材の味や料理の仕方だけではなくて、食べ物が私たちのテーブルにもたらされるシステムや環境づくり、使うものの心地よさが、おいしいという実感につながっている。ものづくりに携わっている人は、その実感を引き出すために、日々、考えているのですよね。
山野
そうね、現実との埋め合わせをしてみたいです。現実…、現場の現実を分かってほしい、知りたいなっていうのもあります。
Graphic Design:Tomoko Yamashita
Project
食事を空想するプロジェクト
ガラス作家
山野アンダーソン陽子
「空想の食事会計画」を通じて、おいしさの可能性をたのしく妄想していきます。