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ドラマ制作日誌⑨犠牲

映像と記憶

ドラマ制作日誌⑨犠牲

佐野亜裕美

ドラマプロデューサー

佐野亜裕美

ようやく担当ドラマが発表になった。4月から始まる「銀河の一票」という連続ドラマをプロデュースしている。2022年の初夏、まだ出産前に最初の打ち合わせをはじめたから、もう足かけ4年近くこのドラマに携わっていることになる。光陰矢の如しとしか言えない時間の速さに驚かされる。

長い時間をかけてひとつのドラマをつくる過程、そのどれもに面白さがあるが、企画を作るために取材をしている時間が私はとても好きだ。まだ見ぬ企画の種を探して、広く、でもできるだけ深く、いろいろな人に話を聞く。今回は「選挙」「政治」を扱うことだけは最初に決めていたから、とにかく政治関係者と選挙経験者にお話を聞きまくった。“ドラマのための取材である”からお会いできる方や聞ける話はたくさんあった。主人公が“政治家の娘で政治家の秘書”という、自分の人生では一度も会ったことのない属性の持ち主だったため、伝手をたどってさまざまな“政治家の子供”にお会いし、悲喜交々なお話を聞かせていただいた。一方で、特に選挙戦についてなどはドラマの取材、となると話を聞きにくいケースもあったので、勤務時間外にいくつかの選挙にボランティアとして入った。“電作”と言われる電話かけをしたり、駅や街頭でビラを配ったりした。中に入ると見えてくる選挙事務所内の人間関係や、戦略の立て方、人員配置、スケジュールがいつどうやって送られてくるのか、ビラを配った時の相手の反応などを直接見聞きしたことはとても役に立った気がする。

今は毎朝4時〜5時半の間には起きて、家族の朝食と夕食の作り置き、どうにか続いている自分の弁当作りをしてロケに出る。基本的には監督モニターの近くにいるが、ちょこちょこ現場を抜けてリモート会議や電話での打ち合わせを日に数件やる。帰りは撮影が終わるまで現場にいればだいたい22時か23時、メールの返信をできるだけサッとやり、お風呂に入って死んだように眠る。毎日これを繰り返しているとだんだん身体が慣れてくるというか、就職してから15年以上続けていた現場の感じ、というのを思い出してくる。

奇跡的に日曜に休みが取れた日(ドラマの撮影は土日フルで入ることがほとんどだ)、子どもを連れて水族館に行った。数ヶ月前に行った時には目の前にあるものがなんなのかよくわかっていなかったようだった娘も、たくさんの魚やペンギンに大喜びしていた。今は一緒にいる時間がかなり短いので、気づけばできることが増えていて成長が眩しい。

私は何かを犠牲にしているのだろうか。何かを失っているのだろうか。2歳の子供の目覚ましい成長を毎日間近で見られる時間。家族で過ごす時間。自分を労る時間。映画を観たり読書をしたりする時間。そのどれもがきっと素晴らしくて、どれも手に入るならどれも手に入れたい。でも私が選んできた結果が今のこの日々で、なぜこれを選んだのかいくらでも理由はつけられるけれど、同時に、理由なんてないような気もする。選んだ道を正解にしていくしかないのよ、とマーさんが言っていたけど、私にとってそれは人生の真理だと思う。

わたしの素

現場時間に身体が慣れてくると、どんなに寝るのが遅くなっても、撮影がない日でも、朝5時過ぎには目が覚めてしまうようになった。ベッドの中で娘の寝息を聞きながらしばらくダラダラして、30分ぐらいでエイッと起きる。一人分のコーヒーを淹れて、このところまた読んでいる宮部みゆき『模倣犯』を読む。映画でも小説でも同じものを何度も観たり読んだりすることがひどく苦手なのだけれど、この『模倣犯』は何度目かわからないぐらい読んでいる。脚本作りが佳境だと新しい物語を摂取することが難しくなるからこそ、絶対に面白いとわかっているこの小説を、こういう時間に少しずつ読み進めるのが今の何よりの癒し。ドラマが終わったら『模倣犯』についてお酒を飲みながら友人と語り合うのをとても楽しみにしている。

連載

映像と記憶の扉

佐野亜裕美

ドラマプロデューサー

佐野亜裕美

社会を観測し自分の目線を大切にしている佐野さんと仕事の仲間の素となった、映像 とともにある食事。

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