

────前編は、"おいしい写真"で反響を呼んでいる長野陽一さんに、キャリアのきっかけと目指す写真のあり方を聞いた。
日々、仕事で様々な食の写真を撮るようになった今も、作り手のこだわりやストーリーを切り撮りたいと考えている。そんな長野さんのおいしい食の記憶は、大学時代に旅したインドにまで遡る。

「当時、沢木耕太郎や金子光晴のドロップアウトしたような紀行文に影響を受けて、何度もインドに行っていました。貧乏旅行だったけど、トータルで1年弱にはなると思います。そのうちに現地の人と同じようにカレーを手で食べるようになった。最初は『ついにやっちゃったな』みたいな感覚でしたね。見様見真似でね」

当初はコツもわからず、口の周りを汚し、手をベタベタにしながら食べた。何度もやるうちにだんだん慣れてきて、指の第二関節までを上手に使って食べるコツがわかってきたという。
「南インドのケララ州のカレーを出す〈三燈舎〉は、手食もおすすめしてくれていて、インドでやっていたのと同じように堂々と、手でカレーを楽しむことができる。これがめちゃくちゃ旨い! スプーンを使うとカトラリーの味がなんとなくしてしまうというか。手食は指先から食べ物の温度が伝わってきて、なんともいえない解放感があるんです。インドで、食べることの価値観も変わりました。土地やライフスタイルに基づいた食というものに惹かれる、自分の写真の原点的な味がここにあると感じます」
わたしの素
本場のパリで食べる、なんてことのないバゲットやクロワッサンって、すごくおいしいじゃないですか。なんなら夕方まで売れ残っていたものだってね。どうしてあれが東京では作れないのかなって、いつも思ったりするんです。〈ル・サティネ〉のクロワッサンは、一見してすごくおしゃれで洗練されていて誤解されそうなんだけど、パリで食べるそれらのように、東京の“ここで食べるからこそ”という大事な部分を外していないのが好きです。それは土地や場所に紐づいた、今の自分の味の記憶や考え方、価値観と直結している。雑誌の撮影で知った店ですが、すごく感動して。思い出しては食べたくなり、日常的に買い求めているもののひとつです(本人購入品)。
profile
長野陽一 / ながの よういち
写真家 / 1968年、福岡県生まれ。
1998年、沖縄・奄美諸島に住む10代のポートレート作品「シマノホホエミ」を発表。以降、料理写真を始め、雑誌、広告、映画など、様々な分野で背後のストーリーやライフスタイルに重きを置いた写真を発表。代表作に『長野陽一の美味しいポートレイト』がある。
Credit:
FRaU編集部
photo:Masanori Kaneshita
text & edit:Asuka Ochi
三燈舎
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