山の効能
忙しさの山場を越えたあとに体調を崩してから、しばらくどんよりした日々が続いていた。なんだかよくわからないけど、調子が悪い。それは大抵、山が足りていない合図。運動不足は心の軽やかさを奪い、妙に深刻な思考を招く。そういえば、昨年末に撮影の仕事で佐賀の山に登って以来、山に行っていなかった。とりあえず近場の山へ行こう。そろそろ花も咲き始めるころだ。そうして、高尾山口から草戸山、城山湖を経てかたくりの里へ向かうことに決めたのだった。
高尾山口駅のホームに降り立つと、爽やかな森の香りが春風に乗ってやってきた。駅を出て道路沿いを行き、蝋梅の咲く民家の脇を抜けると、すぐに山道が始まる。久しぶりの山。濡れた土のにおいと、森に差し込む朝の光が懐かしかった。街では暖かい日が続いて浮かれていたが、森の中はまだ冷える。けれど、少し登ればすぐに体は温まる。踏み出す脚で体を押し上げる感覚。一歩、また一歩。鈍った体はかなり重い。
山に入ったからといって、すぐに頭が切り替わるわけではない。はじめはいつものように、ぐるぐると考えごとをしながら歩いていく。しばらくすると、その思考の渦を外側から眺めているように感じるときが訪れる。最終的には、その思考の渦はどこかへ消え去り、過去でも未来でもない、まさにその瞬間に見えたものや感じたものだけが残るのだ。森がきれいだとか、風が気持ちいいとか、太陽が温かいとか、脚が疲れてきたとか。そうなれば、もう大丈夫。歩くたびに、少しずつ心が軽くなっていくのがわかった。
かたくりの里では福寿草と節分草が満開で、嬉しくなって写真をたくさん撮った。花を求めてやってきた人たちは皆、満足そうに笑っている。言葉は交わさなくても、自然と気持ちが通じ合う。これから、各地の山では春の花が次々と咲く。桜だってきっとすぐに咲いてしまうだろう。久しぶりに山を歩き、すっかり上機嫌になった私は、早くも次の山行の計画を立て始めるのだった。

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