映像と記憶
ドラマ制作日誌⑥つなわたり
ドラマプロデューサー
佐野亜裕美
「どうやって育児と仕事を両立しているんですか?」と聞かれることがある。そういうとき は「どうにかこうにか綱渡りで…」と答えるのだが、本格的な撮影はこれからで、ということは今はまだピークに忙しい時にはほど遠いはずで 、それでも綱渡りなのだから、今後のことを真剣に考えなければと改めて考えさせられた 。ちなみに撮影開始前、準備期間である現在の平日の基本スケジュールは、
6時半 起床 子供が起きだすまで、就寝中に来ていたメールやLINEの確認と返信、主要ニュースチェック
7時 子供が起床、しばらく寝室でおしゃべりし、子供の朝食作り&食べさせて保育園の連絡帳入力、子供の着替え、保育園の荷物準備、できる限りの自分の身支度
8時半 子供が保育園へ(基本夫担当)〜洗い物や掃除・洗濯、身支度の続き
9時 朝食兼昼食、家事の続き
9時半〜17時半 仕事第1部(オフラインとオンライン半々)
17時半〜 子供の夕食作り&お迎え
18時〜21時 子供のご飯、風呂入れ、寝かしつけ
21時〜 仕事第2部(作業中心)
23時〜24時 就寝
会食も週に数回はあるし、仕事第2部でオンラインの本打ちが入り就寝がもっと遅い時間になることもざらにある。子供がもっと早く起きる日もなかなか寝ない日ももちろんある。なので「平穏な日は」という限定だがこんな毎日だ。そして現在最も大きな悩みは、子供の寝かしつけをしていてそのまま一緒に寝落ちして しまうことだ。忙しくなってきて疲労が蓄積してくると、子供とお風呂に入り、ベッドに入って絵本を読んで、寝落ちないように気をつけながら子供が完全に眠りに落ちたのを確認して、そっと起き出す…、ということが容易にはできなくなる。しかも頑張ってリスタートしたところで、副交感神経が優位の状態をガッと交感神経優位に切り替えるわけだから、その後仕事が終わってもなかなか寝付けない…という悪循環に陥ることがしょっちゅうだ。ワークライフバランスは果てしなく遠いところにある。

この連載でも何度も書いている通り、私はあまりにも計画性がない人間で、いつも「面白そう」に流されて大事なことを決めてしまう。そして首が回らなくなる。不妊治療の真っ最中に勢いで友人と会社を立ち上げ、その後妊娠、出産の1ヶ月前に今も続く大きな業務委託契約を結んでしまい定期の仕事が入る。友人からの縁でうっかり経産省の海外調査仕事まで引き受けてしまい、産後すぐに韓国出張&レポート作成をすることになる。無事出産し本業は産休・育休に入ったが、副業は変わらず動いていたので、出産後すぐに働きはじめた。本業は1年育休を取る予定だったのだが、出産前に話を聞きに行った区のこども家庭課で、「0歳児で保育園に入れないと1歳児は超激戦区、希望の保育園にはなかなか入れない」と言われ絶望、子供は5ヶ月で保育園に入園・本業にも復帰することになった。パートナーは育休なし&仕事も繁忙期だったのでワンオペの日の方が圧倒的に多かったし、毎日がギリギリすぎて生後半年ぐらいまでは正直ほとんど記憶がない。
そんな日々の中で合言葉 にしていたのは「ADの頃よりマシ」だ。トイレでこっそりおにぎりを食べなくていい、会議室の椅子で寝なくていい、上司に怒られたり無視されたりしない。同時期に同じような仕事をしていた人たちはきっと皆同じような思いをしていると思うが(そしてそれより前の世代の方々はもっと大変だったようにも思う)、はっきり言って地獄のような環境だったので、思い出そうとしても防御反応が起こるのか、靄がかかってよく覚えていないことの方が多い。

最近は子供が少しずつ成長し、「ケア・世話」ではなく「育児」という側面が大きくなった。1歳を超えてからはベビーカーも断固拒否、昼寝も早々にしなくなり、とにかく自分でなんでもやりたがるという彼女の性格も相まって、土日などは特に、「育児の合間に仕事をする」ということがかなり難しくなってしまった。そうなると平日の日中及び子供が寝た後だけが勝負だ。本業と副業のダブルワーク、実親も義親も全く手伝いなしという状況なので、毎日本当に綱渡りだなあと感じる。いつ落ちてもおかしくない。でも今は綱がピンと張っているからギリギリ落ちずに済む、みたいな。
つい最近、母娘共にインフルエンザにかかったとき、ああさすがに綱がゆるんだと感じた。保育園から発熱の連絡をもらう→打ち合わせを切り上げて急いで迎えにいきながら翌日の病児保育の予約電話→感染症蔓延期でもちろん空きなし&キャンセル待ち8人目(絶望)→慌てて翌日からの仕事調整→丸2日看病の末ようやく熱が下がったと思ったら自分発熱(絶望)…と、ここまできて、久しぶりの40度近い熱で朦朧としながら見た悪夢は、まさかの大学受験の時の夢だった。「ADの頃よりマシ」でつらい時期を乗り切ったつもりでいたが、深層心理ではきっと大学受験の時の方が自分にとってはつらかったんだろうなあと気付く。
それにしても、大学受験もAD時代も、乳児のワンオペ育児も、その真っ最中はあまりに疲弊していて笑う元気などなかったけれど、今はもうお酒の席のエピソードトークとしてずいぶん昇華し、いくらでも笑い飛ばすことができる。今のこの綱渡りの毎日のことも、いつか笑い飛ばせる日が来るのだろうか。次のドラマの放送が終わるまであと7ヶ月。撮影と育児の両立というまだ見ぬ時間は待っているが、とにかくそこまで走り切って、本当に大変だ。
わたしの素
今年の年始に虚血性大腸炎になってからというものの、とにかく忙しくても腸活だけは意識して過ごしていたところ、(インフルエンザにはかかったものの)圧倒的に風邪は引きにくくなったように感じている。乳酸菌などのサプリ摂取もしているが、発酵食品と海藻を毎朝とる、という習慣がなんとなく自分の身体には合っているような気がしていて、特に最近お気に入りのレシピ本に載っていた梅昆布の煮浸しがとても美味しくて我が家の常備菜になった。うちに遊びに来る友人たちにもほぼ毎回ふるまっていて、ほぼ毎回レシピを聞かれる、ちょっと地味だが素晴らしい一品。今の目標は、撮影が始まってもちゃんとこの煮浸しを冷蔵庫に常備すること。綱をピンと張っておくことも大事だが、綱渡りする自分自身が万全の状態でいるための準備を少しずつ始めようと思う。

連載
映像と記憶の扉
ドラマプロデューサー
佐野亜裕美
社会を観測し自分の目線を大切にしている佐野さんと仕事の仲間の素となった、映像 とともにある食事。