トレーニングの日々
トレーニングの日々
鈴木優香 | 山と感覚

トレーニングの日々

2ヶ月ほど前から、低酸素トレーニングができるジムに通っている。低酸素トレーニングは、酸素が薄い状態で継続的に運動を行うことで、心肺機能や血液の酸素運搬能力を高める(=高所への順応を早める)ことができるというもの。標高に準じた濃度の酸素が送り込まれてくるマスクを着けて、トレッドミル(ランニングマシン)で走ったり歩いたり、バイクを漕いだりする。いま通っているジムはマラソンランナーの人たちがほとんどだが、富士山や海外トレッキングなど、標高の高い山に登るために利用する人もちらほらいるようだ。私もこの秋にネパールで予定している高所登山のため、週2回くらいのペースでトレーニングしている。

今回登ろうとしているのは、ネパールのエベレスト街道沿いにあるアマ・ダブラムという山だ。8年前に初めてネパールを訪れて以来、端正で美しいこの山は長いあいだ憧れの存在だった。ただ、登るには高度なクライミング技術が必要で、かつ標高は6,812mもある。もともと高所に弱い体質の私には、夢のまた夢だと思っていた。けれど、昨年ロブチェピークという高所登山の入門的な山(標高6,119m)に登ったことをきっかけに、アマ・ダブラムへの挑戦が現実味を帯びてきたのだった。

低酸素トレーニングは指先にパルスオキシメーターと呼ばれる機器を着け、血中酸素飽和度(SpO2)をチェックしながら行う。SpO2は血液中のヘモグロビンがどれだけ酸素と結びついているかを示す数値で、簡単にいうと身体に酸素がしっかりと巡っているかどうかを確かめるもの。マスクを着けているとその数値は当然低くなり、普段と同じようにしていると頭がくらくらしてしまうので、より効率的に酸素を取り込める呼吸法に変えなければいけない。

トレーニングを始めてから気づいたのは、普段の呼吸がいかに浅いかということ。パソコンに向かって原稿を書いたり、スマホを見ていたりすると、無意識に背中が丸まり、肺を十分に膨らませることができない姿勢になっていることが多い。一方でトレーニング中は、横隔膜を下げて大きく息を吸い込み、腹筋を使って強く吐ききることを意識しながら、肺をポンプのように使うイメージで呼吸をする。そうすると、一度にたくさんの酸素を取り込むことができるようになるため、高所ではこの呼吸法がとても大切になるのだ。

もうひとつ気づいたのが、呼吸はそのときの精神状態にも影響を受けるということ。うまく進まない仕事を抱えていたり、暗いニュースを見聞きして鬱々としているときには、そのことに気を取られて呼吸に集中できなくなり、SpO2が下がりがちになる。反対に、楽しみにしている予定や、誰かにかけてもらった嬉しい言葉を頭に思い浮かべると、呼吸がスムーズになり、SpO2が安定することがわかった。詳しいメカニズムはよくわからないが、アマ・ダブラムに向かうときにも、不安な気持ちをなるべく遠ざけ、成功のイメージを携えて登ることが大切なのかもしれないと思うようになった。とはいえ、実際に巨大な岩壁を目の前にしたとき、両側が切れ落ちた稜線を歩くとき、私は落ち着いていられるだろうか。

ジムでのトレーニングと並行して、足腰の筋力強化のために山にも登っている。ほんとうは3,000m級の山に登るのがいいのだろうが、ここ最近はずっと天気が悪く、叶わなかった。その代わりに晴れ間を狙って、高尾山や塔ノ岳などの近場の山にこまめに通うようにしている。ここでも低酸素トレーニングの成果が確実に出ていて、以前はすぐに息切れしてしまった急な登り坂も、今ではかなり楽に登れるようになった。地道に積み重ねてきたことが力に変わり、それがより高い場所へと自分を押し上げてくれるのだと思うと、トレーニングにもますます熱が入る。

今回の遠征を一任しているクライミングガイドとも、ビデオ通話をしながら詳細を詰めているところだ。ほかにも必要な道具を揃えたり、撮影機材の確認、ビザや海外高所登山の保険の申請など、やることは山積みだ。ふいに漠然とした不安に飲み込まれそうになるときもあるが、ひとつひとつ着実に進めていくしかない。小さな一歩を積み重ねていくことが、山の頂に立つ唯一の方法なのだから。

わたしの素

トレーニングの前には、エネルギーになる炭水化物を摂りたいので、おにぎりを必ず食べるようにしている。お腹がいっぱいになると動けなくなってしまうため、小さめのものをひとつだけ。中身は、鮭やちりめんじゃこ、あとは梅干し。海苔は巻かない。トレーニングの後には、筋肉の修復や成長を助けるタンパク質を意識して摂る。最近よく作っているのは、豚しゃぶ。薄切りにした茄子と蓮根、舞茸をフライパンで炒め、豚肉はさっと茹でる。薬味を散らし、黒酢たまねぎドレッシングや胡麻ドレッシングをたっぷりかけて食べるのがお気に入り。食べるものが身体を動かし、身体を作る。そんなことを実感しながら、トレーニングをする日々だ。

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