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haruka nakamura

オイシサノトビラ

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前編のつづき



haruka nakamura
そして、山梨県北杜市にあるsundaysfoodの大給亮一さんとは「michikusa」というユニットを組んで、旅をしながら各地で料理とピアノの会を催しています。キッチンを離れて旅に出て、その土地のインスピレーションから得たもの、出会った人や風景を料理に昇華していく大給さんらしい発想から生まれたプロジェクトです。彼は旅で思ったことや心動かされたものを料理でそのまま表現できるので、僕もその土地、その場の空間から聴こえてくる音を即興的にピアノで演奏して、共にひとつのテーブルをつくっていきます。
 この取り組みの発端を話しますと、彼とはもともと2人で、甲府にあった彼の家の食卓でおたがいにギターを弾いたり歌ったりしていたのですが、彼は北杜に、僕は北海道に移住してから距離が離れてしまったので、2人で旅に出ていみることにしたんです。どの旅にも記憶に残る風景があり、これまで奈良、岡山、神戸、糸島、東京とさまざまな地域で〝道草(michikusa)〟をしてきました。

オイシサノトビラ
料理とコラボする際と映画などの音楽を制作する時とではどのような違いがありますか。

haruka nakamura
僕の原点である「風景や光景から聴こえてくる音を鳴らす」という方針は変わらないんですが、直近の映画『ルックバック』の場合はフィルムスコアリングといって、映像の制作過程に合わせて、スタッフの皆さんと話し合いながら細かく何度もタイミングを調整したり、ブラッシュアップしたりしながら音楽を仕上げていきました。映画に携わる人たち全員でワンチームになって音楽をつくりあげていくような感じでしたね。時にはかなりエモーショナルな音楽をリクエストされることもありましたが、そういった時には音楽が物語を先導したり、キャラクターの感情を伝える役割を担うので、責任の大きさを感じるとともに、映画音楽の醍醐味を感じることができました。
 一方、料理とのコラボ、特に食事中の演奏ではコースの時間に合わせてノンストップで演奏するので、その会によって3時間の時もあれば、1時間半ほどで終わることもあります。また、料理がピアノのすぐ隣りで作られている時もあれば、奥のキッチンから運ばれてくることもあります。お客さまもジッと聴く人もいれば、会話や食事、ワインとともに楽しむ方もいるなど千差万別です。だからこそ、より即興性が重要になりますし、その時々のお客さまの雰囲気や会話のトーン、料理を作っている音、お皿が運ばれてくるテンポ、提供するスタッフのフィーリングなどを含めて、その空間全体でひとつのグルーヴを生み出すように心がけています。時折、大きな波のようなものを感じることがあるんですが、そうするといつしかピアノを弾いていることを忘れ、音楽が料理に、料理が音楽になったような何ともいえない感覚になるんです。それは普段の音楽ライブなどとは種類の違う、とても楽しく、得難い時間です。

オイシサノトビラ
音楽と料理のコラボ、その可能性はまだまだ広がっていきそうですね。

haruka nakamura
「芸術はなくても人は生きていけるが、食事は生きるための必ず必要なもの」という言葉を耳にしたことがあります。でも、ある種の「余白」や「想像力」も人が生きていく上では必要だと思うんです。争いの反対にあるものが、「余白」や「想像力」なのだしたら、星野道夫さんの言うところの「もうひとつの時間」を想像し、創造することが芸術なのではないでしょうか。その結果として、今夜も平和においしい食卓を囲める幸せに日々感謝し、この幸せをもっと広げるために自分に何ができるのかを考え、行動するようにしたいと思っています。

わたしの素

オイシサノトビラ
haruka nakamuraさんの「おいしい記憶」について伺いたいと思います。料理とのコラボについて、いろんなお話を伺ってきましたが、haruka nakamuraさんご自身はどのような食事が好きなのでしょうか。

haruka Nakamura
東京で暮らしていた頃はナチュラルワインがおいしいお店によく行っていました。なにせ東京には素晴らしいお店がたくさんありますからね。15年ほどそういったお店をぐるぐる巡っては乾杯していましたし、原川慎一郎さんともその最中で出会いました(当時、原川さんは目黒で「BEARD」を経営)。
 そんな素敵なお店と同じくらい好きなのが銭湯と酒場です。湯上がりに酒場で飲むハイボールやホッピー、角に塩を盛った枡酒、もつ煮込み、チーズ海苔巻き、焼き鳥、赤提灯など、好物をあげればキリがないほどです。文庫本を片手にひとりでもいろんな酒場に通っていましたし、その道の師匠である画家の牧野伊三夫さんにたくさんの酒場やバーを教えてもらいながら一緒に飲み歩いたりしていました。あらためて考えてみると、音楽、読書、銭湯、食卓が、僕の生活を構成する大切な要素になっていたように思います。

オイシサノトビラ
この数年のなかで忘れられない食事があれば教えてもらえますか。

haruka nakamura
牧野伊三夫さんとの夕餉ですね。牧野さんは食に対して独自の流儀や信念をお持ちで、毎回、その素晴らしさに驚かされます。特に牧野さんのご自宅での夕餉は小津安二郎の映画の世界観に通じるものがあり、感動モノです。また、牛窓(岡山県瀬戸内市)で滞在制作に励んだ折、皆で牧野さんが考案したメニューを作って食べる夕餉もまた最高のひと時でした。いつも手書きのコースメニューに絵までつけてくださり、それだけでワクワク感が高まったものです。思わず「こんな風に生きられたらな」とあこがれてしまう、素敵な人生の先輩です。

photo : Jun Nakagawa

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幅広くいろんな食事をされているイメージですが、子どもの頃からそうだったんですか。

haruka nakamura
実をいうと、20歳になるくらいまでは好き嫌いが多く、食べられないものがたくさんありました。今思うともったいないんですが、子どもの頃はピーマンやナス、ホウレンソウといった野菜が大の苦手でしたね。
 でも、幼馴染の親戚のお寺(耕春山 宗徳寺/青森県弘前市)での出来事が僕の嗜好性を大きく変えてくれたんです。その日の目的は座禅体験で、「『無になった』『悟った』と勘違いした時に肩を叩きますよ」という住職の言葉がとても印象的だったんですが、それにも増して座禅後に供された精進料理が記憶に残っているんです。お膳には当時の僕が苦手なものが並んでいて、その上、ひと目で味つけも薄いであろうことがわかりました。でもせっかく出してくださっているのだからなんとしても食べなければ……。そう思い、意を決して食べたところ、どの料理も驚くほどおいしかったのです。ペロリと平らげてしまった僕は愕然としました。今まで「食べられない」「食べたくない」と遠ざけていたのは、すべて自分の思い込み、食わず嫌いだったということに気づくとともに、素材そのものの味わいに心が震えたんです。以来、僕は好き嫌いが一切なくなり、いろんな食事を楽しめるようになりました。あの精進料理に出会わなければ、僕が人生で得られる喜びは大きく減ってしまっていたでしょうから、感謝してもしきれないくらいですよ。

 

 profile
haruka nakamura ハルカ・ナカムラ
青森出身 / 音楽家
15歳で音楽をするため上京。2008年1stアルバム「grace」を発表。2024年劇場アニメ「ルックバック」劇伴音楽と主題歌を担当。蔦屋書店の音楽「青い森」シリーズ4作品を発表。ジャケット写真は全て写真家・川内倫子が担当した。アパレルブランドTHE NORTH FACEと四季に渡るコラボレーションアルバム4作品を発表。敬愛する写真家・星野道夫の写真展にて演奏会「旅をする音楽」を東京都写真美術館、帯広などで開催。国立近代美術館「ガウディとサグラダファミリア展」NHKスペシャルのテーマ音楽などを担当。代官山 蔦屋書店にて展覧会「本屋の片隅、音楽家の展覧会」を行う。展覧会の記念に旅の風景を自身が撮りためた写真集「音楽のある風景」を発表。Nujabesと音楽制作を共にした時間があり、hydeoutから「MELODICA」「Nujabes PRAY Reflections」などを発表している。初期作品からほぼ全てのアルバムがアナログレコード化され再発売を続けている。NHK「ひきこもり先生」Hulu「息をひそめて」任天堂「どうぶつの森」などドラマ、映画、CMの音楽を多く手掛ける。長い間、旅をしながら音楽を続けていたが、2021年より故郷・北国に暮らし音楽をしている。
https://www.harukanakamura.com/

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