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こころの栄養

人と時間の扉

こころの栄養

──── 在原さんへのインタビューは、いつもの喫茶店で最近の出来事について話をすることからはじまる。「最近いつもと違うことがあったんです」と話しを切り出した在原さん。その話は、人との時間を大切にする食事が大好きな彼女が、改めて気づいたことでした。

 

いつもとちょっと違う自分

「母の還暦祝いに家族で旅行しようとなって、伊豆に行ってきました。これまでの話の中でもさせてもらっていたように、わたしにとって家族は本当に大切な存在で、還暦を迎えた母を祝う家族旅行はすごく楽しみなことでした。それが、今回はなぜかあまり気持ちがのらないというか、心から楽しむことができる感じではなくて。どうしてそう思ってしまうのか、理由もあまり分からなかったんです。なにかいつもと違うかも・・・という感じです」

お仕事がとても忙しかったからとかでしょうか。

「そうですね、うれしいことにお仕事をたくさんいただけて。確かに忙しいスケジュールだったからなのかもしれないですけれど、とっても楽しみな家族旅行がどうしてかいつものように楽しみという感じにはなれなかったんです」

それは気になりますね。定期的に実家に帰ってるとうかがっていましたし、先日はお母さんとの旅行の話をしていただきました。それで、家族旅行はどうだったのでしょうか。

「父親が選んでくれた旅館だったのですが、お風呂も素敵だったり、料理も母親が還暦だったこともあって鯛が出てきたり、とてもいい時間でした。ただ、夜ご飯がいつもより食べることができず、誤解なく伝えたいのですが、料理はとってもおいしかったんです。でもなぜか自分の問題で箸が進まないというか、いつもの食いしん坊な自分を発揮できなかったというか、そんな感じでした」

「暑いから食べられないのかなとか思ったり、なんか調子良くないのかなと思ったりしていて。そうしたらその夜、寝付けなかったんですよ。ふだんは、ほぼ気絶というくらいすぐ眠ることができるんです。しかも、ぐっすり寝ることできるタイプ。でも久しぶりにその時は眠ることができませんでした。0時から2時間くらい寝ようと頑張って。家族の寝ている音を気にしないように、イヤホンつけてノイズキャンセリングをしてみたりして、眠りにつくために必死でした。家族という安心できる存在がいる状況で、やっぱり様子がおかしかった」

なんか調子悪いな・・・というのは、その旅行中だけで、その後はよくなったんですか。

「それが治らなかったんです。食事をしなかったりカロリーや栄養をとらなかったりすると、わたしは免疫が落ちて、体重が減って、病気になるというのは自分でも分かっていたので。体重を落とさないために毎日ただ生きるための食事をしていたという感じでした。栄養だけとるような食事を1週間くらいですかね、特別とても強く食べたい物もなかったので、簡単にほぼコンビニで買ってきたものを食べるだけの食事だったんです。食べることが大好きなのに、食べたいものが分からなくなるという経験をしました。誰かの料理とかもまったく食べたいと思う気持ちにもなれず、実家にも帰りませんでした」

わたしの素

原因はわからないままだったのでしょうか。

「仕事もプライベートも忙しい時期で、少し気持ちが張っていたのだと思います。そんな生活をしている時に、クッキーをいただいたんです。すごく嬉しくて、大切な人からいただいたものだからちゃんと時間をつくって、クッキーと向き合って食べたいと思いました。それに手づくりのクッキーで賞味期限も短かったんです。すごくかわいくて適当には食べられないなって思うようなクッキーでした。どうにかして自分の生活の中で時間を作って丁寧に食べたい!と思って。クッキーと向き合う為にスケジュールを調整して、家でゆっくりできるようにお皿に盛り付けて、コーヒーを用意しました」

 

「そうしたら、やっとその時、おいしいって食べることができたんです。久しぶりに。いつぶりだろうってくらいでした。ちゃんと食に向き合えた時間。なおかつ、身体にすごく染み渡るというか、初めての経験でした。生きるための食事ではなくて、その時間を作るための食事みたいな感じ。食事からこんなにパワーをもらえるんだって思いました。
それから、数日は、忙しくても帰ってきたら、絶対あのクッキー食べようと。このクッキーを食べるために早く帰ってこようっていう時間が数日できたんです。だいぶパワーをチャージできました。そのクッキーがなかったら、まだ生きるための食事をしていたかもしれません」

在原さんは「大切な人からもらったからこそ、立って食べるとかではなく、時間を使って食べよう、向き合って食べようとした」のだという。食事と向き合う時間をつくることの大切さについて改めて実感したと話をしてくれた。

「本当においしいと思うのって、めっちゃ奇跡だなって思いました。心がおいしいってなるんだなって。おいしいと思えることはすごくわたしには大切。身体と心の繋がりを実感しました」

さいごに、元気よく「行ってきます」と言って、彼女はパリに旅立っていった。

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