コンテンツへスキップ
映画監督|今泉力哉

オイシサノトビラ

映画監督|今泉力哉

────言葉にならない心の揺らぎや、説明のつかな•い•曖昧な気持ち。彼女や彼氏、好きと嫌いで片付けられない人との距離感など、いわゆる恋愛映画で 〟ない〝ことになっている感情の機微を丁寧に積み上げた作品は、この人だからこそ撮れるのだろう。 『愛がなんだ』や『街の上で』などの作品で、わかりやすいハッピーエンドが訪れない、リアルな愛の世界を描き出す今泉力哉監督。その映画への衝動は、少年時代に遡る。


「小中学生の頃から、祖父がよく映画館に連れて行ってくれたのを覚えています。近所のレンタルビデオ店でも、毎週必ず3~4本まとめてタイトルを借りては返して、今振り返っても最も多く映画を観た時期でしたね。いろんな映画を観ていくうちに最初に名前を意識した監督は、クエンティン・タランティーノ。群像劇が好きなのはそこからかもしれません。監督の色ってこんなにあるんだと知ったのも当時でした」

その後、映画監督を目指して芸術系の大学に進むも、道程は平坦ではなかった。卒業制作で撮った映画で挫折、お笑いに転向しようと通った吉本興業のNSC大阪で「あなたはお笑いじゃなくて物語がやりたいんでしょ」と指摘されて、ふたたび映画の世界に舞い戻ることに。

「作り続けた自主映画で賞をもらったことは、自分の中で大きな出来事になりましたね。でも、だからって仕事が来るわけじゃなかったです」

苦境でも撮り続けた先に、今日の今泉作品はある。自主映画の頃から作り続けるのはホラーでもサスペンスでもなく、リアルな恋愛模様だ。

「一番興味があるのが恋愛だったんですよね。そこでは感情がぐちゃぐちゃに動いたり、答えが出せないことも多かったりする。自分が全然モテなくて彼女もいなかった嫉妬からか、世の中のカップルや結婚している人たちのほとんどが五分五分で好き同士なわけがないと思っていて、そこにある思いの差を描こうとしたりしていました。そのうちに、表現としてメジャーではないけれど、三角関係で浮気がばれて揉めた後でもダラダラと続く関係とか、実際に世の中に存在しているけれどあまり扱われない問題などを題材にしたいと思うようになって。気持ちが高まっていくのではなく、温度の低い恋愛を描けないかをやっている感じですね」

それは誰のためでもなく、自分のため、と今泉監督が言う言葉には一切の迷いがない。

「誰かを助けたいとか、誰かの心を軽くしたいという意識ではやっていなくて。自己肯定というか、自分を助けたいというのが創作のベース。作る時にずっと疑っているのは『 〟共感』〝という言葉で、共感されるような、みんながわかるものを描くことを目指したくないんですよね。実際に自分が体験したことや言われた言葉、なったことのある気持ちは届く人には届くと思っていて。私だけのこの感情をどうして知っているのかと思われるような個人的なことを描きたい。その方が、観る人に届けられると思うんです」

たくさんの不器用な感情を映した恋愛劇のリアリティに、背中を押される人は数え切れない。そして映画の主人公と同じように不安の中にいる人を置き去りにしないのも、些細な心の動きさえも物語に拾い上げる今泉監督らしい。

「XのDMで見知らぬ人から恋愛相談が送られてくるんです。もちろん、面倒だったら答えませんが、求められることって嫌じゃないから。きまぐれに『誰か飲むか』とつぶやいて、反応してくれた知らない人と飲みに行ったりもしますよ。基本3人以上でとか、自分なりのルールを決めて。自分の知らない人生を送る人と話して、知らない考えを知ることができるから貴重ですね。何をもって友だちと呼ぶかというのもありますが、自分にはお互い一番の友だちだよね、と言い合えるような人もいないから。決まった人と定期的に飲むことはあまりないんです」

見知らぬ人と出会うのは作品のためではないというが、たくさんの人生や考えに触れることも、映画をふくよかにするのかもしれない。そんな今泉監督にとって、かけがえのない食の時間は新橋にある。

「〈たち飲み 吟〉には、駅を通過拠点として使うようになった4~5年前に初めて来ました。たまたま入ったんですが、キャッシュオンでカウンターから選ぶつまみは日替わりで、刺身も焼きそばも赤ウインナーもおいしいし、いい店だなぁと。それに自分以外、基本サラリーマンしかいないのが良かった。最初はこの風貌で新橋の常連さんたちに交ざっていいのかなと思ったんですが、仕事柄まず出会うことのない、誰も自分を知らない世界で飲むのが落ち着くんですよね。生きていて全く触れないような人が楽しそうに飲んでいる中に、ただ黙々といる。2年前、『窓辺にて』で東京国際映画祭の開会式に参加した後も、パーティーとか得意じゃないから、革靴から履き替えてここに来ました」

輝かしいレッドカーペットの後、人知れず祝杯を挙げたのも新橋。きっと、いまだ見知らぬ人々の映画のような人生を傍らに感じながら。

わたしの素

食に対する欲求は少ない方です。一度おいしいと思ったら、いつも決まった店にしか行かないし、コンビニでも同じものしか買わない。〈ドトール〉の「ツナチェダーチーズ」も、そうしてある日出会い、日々食べ続けているもののひとつです。いつも仕事をしに店に行き、お腹が空いていてメニューにあれば必ず買う。特にツナが好物なわけでもなく、少しの油っぽさすらありながらも、味のバランスが抜群でおいしくて。一緒に頼むコーヒーも毎日行けるラーメン屋みたいなクセのない味なのがいいんですよね。そもそも〈ドトール〉がめちゃくちゃ好きなんですよね。地元の福島県にもあったからか、店の存在自体にどこかで安心感を覚えているのかもしれません。

 

今泉力哉 / いまいずみ りきや
映画監督
1981年、福島県生まれ。自主映画を作り続け、2010年『たまの映画』で商業映画監督デビュー。『愛がなんだ』『街の上で』『窓辺にて』『ちひろさん』『アンダーカレント』『からかい上手の高木さん』など、恋愛をテーマにした映画作品、テレビドラマやMVなども手掛ける。
Credit:FRaU編集部
photo : Masayuki Nakaya  
text & edit : Asuka Ochi

たち飲み 吟
東京都港区新橋2-20-15
新橋駅前ビル1号館 B1F
☎03-5568-4130

ここにテキストが入ります

連載

オイシサノトビラ

記事一覧