川村さんの取材メモは、「すごい」の一言に尽きる。それはまるで作品のようで、取材メモだけで彼女の個展ができる、とさえ思う。
残念なことに、彼女が連載する記事の中では、スペースやボリュームの関係上それらを見ることはできないが、記事からは文字に込めた想いや物語の深さが伝わってくる。
中学校での調理実習をきっかけに菓子作りを始めた彼女は、同時に、雑誌も大好きで「自分の知らない世界を教えてくれる存在だった」と話す。大学時代には、フランスの新聞社が発行する女性誌の日本版編集部でアルバイトをし、卒業後、渡仏した。
10代の頃に芽生えたそれらの思いが、今のフードコラムニストという仕事に繋がっている。
ずっと文章を書く仕事に携わる理由のひとつに、「お店の喧騒を伝えられるようになりたい」という想いがある。「書く」ではなく「伝える」という言葉を選ぶところに、彼女らしいこだわりが表れている。
食事の描写だけでなく、所狭しと日本語・フランス語で書かれた取材メモは、彼女が感じ取ろうとしたお店の空気が伝わってくる。
「料理を、というよりは、料理も含めて、お店に滞在する時間ごと味わいたい。喧騒はもちろん、お店の空気を毛穴から吸い込みたい」のだという。食事の時間が繰り広げられる空間に身を浸し、体感したことをメモに取る。そうして堆積したメモは彼女にとって絵コンテと同じで、文章にする時には「頭の中でコマ送りしながら、各場面を文字に起こしていく」ことで、原稿になる。
フランスに住んで、26年が過ぎようとしている。
パリで生活をはじめた当時を思い出して、「自分の想像を超えて、映画で見ていた世界が本当にあった」と語る。それは今でも変わらず、ずっと住み続けているのは「手の届かないものを欲し続けている感覚」らしい。彼女にとってパリは、憧れのパートナーなのだろう。「生活に根付いている、息づいていることを知りたい」という彼女は、きっと今日もパリに憧れている。
「パリの空気」の扉では、日常の中で遭遇した“おいしさ”にまつわる時間を伝えていきたいという川村明子さんと、彼女らしさの素をつくる、パリでの生活や旅先での食事についてお届けしていく。