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SERVISER/食器類2 後編

食事を空想するプロジェクト

SERVISER/食器類2 後編

山野アンダーソン陽子

ガラス作家

山野アンダーソン陽子


前編からのつづき


山野
なんだかとても嬉しいです。一緒だと思って!私も透明がすごく好きなのですが、光なのかな。日本だと特にガラスって夏物の印象があるので、アイスクリームとかゼリーとかそういう、冷たいものを盛り付ける印象があります。でも、北欧だと、ガラスって冬物なんです。スウェーデンの冬って日照時間が短くて暗いんですよね。八ヶ月ぐらいは薄暗いかもしれない。家にある小さな光でも、ガラスは光を溜め込むので存在感が出て、クリスマスの時期などもみんなガラス使います。普通に温かいスープをガラスの器で飲んだりもします。ホットワインとかもそう。

細川
それって耐熱なんですか。

山野
耐熱じゃないんです。みんな使い方をちゃんと分かっていて。ある程度ガラス自体が温かくなっていて厚みが同じぐらいだったら、割れずに温かいものも使えたりもします。私のグラスも脚がついてないものはコーヒーやお茶を入れたりとかもできます。みんな色とか光とかを楽しみながら使うことが多いですね。透明が好きだから透明なものを使うのですが、透明な器は木のテーブルなんかに乗せると、直接料理を置いているように見えてしまうんです。だから私はテーブルクロスを意識したりしているのですが、みなさんガラスの器を何に使うのだろうと気になっています。

細川
私もできることなら熱い料理や飲み物もガラスで食べたい、飲みたいと思うことは少なくないのですが、耐熱でないとやはり怖くて。それでも、工夫をしながらガラスの器だけの料理の会も何度かさせていただきました。分厚いガラスなのでぬるま湯で温めて使えば大丈夫かな、と初めは思っていたのですが、作家の方から「亜衣さんのまねをして熱いものをのせて割れてしまったという方から連絡があったので、決して熱いものはのせないように」と。ただ、たとえば熱々のコロッケならば葉っぱを一枚敷いてからガラスの器に盛るなどの工夫をして使うことはできます。あとは、温度と関係なく、こんな料理をガラスに盛るんだ、という驚きも大切にしたいなと思っています。とにかくガラスの器の持つポテンシャルを信じています。

山野
透明だから光があっていい場合もあるし、透明だからこそすごく難しくなる時もありますよね。私は、平たいガラスの器だと、テーブルに直置きしているような感覚になってしまうのがとても気になっちゃいます。

細川
わかります。でも私はそれがすごくいいって思いますよ。器が見えないくらい透明で、でも、実はあるというのはガラスにしかできないことです。それに、本当によく作られたガラスじゃないと、そういうふうに見えないと思います。透明だけど、ある意味存在感があるガラスもあったりしますよね、山野さんがおっしゃるような透明で器がないみたいにあるというのは、器として成功してると私は思うんです。

山野
すごく新しい。
以前友達が、ピザの発祥みたいなのを教えてくれたんです。ピザを食べる時に器がなかったから小麦粉で器を作って、その上に乗せて食べだしたのがピザの発祥だ、と嘘か本当かイタリア人の友達が言っていたことがあって。ピザの生地だったら食べられるけれど、ガラスのお皿は食べられないのに直置きしている感じがして。ガラスの平皿の場合は、脚付きにして高さを出すと影ができて光が綺麗なのですが、脚がないのは、どうなのだろうとずっと思っていました。

細川
いや、とてもいいと思いますよ。透明で。

山野
今、料理が水面に浮かんでいる感じを思いながら話を聞いていました。とてもいいかも。

細川
私がもしいつか山野さんの器だけでお料理を盛らせていただく機会があるなら、料理を食べようとしたら、あれ、器があったっていうようなそんな世界を作ってみたいですね。

山野
わー嬉しいです。そういう発想がなかった。透明が好きだから透明で食器を作っているのですが、お皿に関しては、「困った、透明すぎる・・」と思っていました。平たくなればなるほど、本当に存在感がなくなってしまうのがすごく気になってしまって。でも、光として存在しているし、ガラス自体の物体は存在しているので、ありかもしれない。避けていたのですが、頑張ってちゃんとお皿作ろうと思います。ありがとうございます。聞けてよかったです。

細川
よかったです。いいと思いますよ。

山野
他にもいろいろ聞いてみたいことがあります。たとえば、季節によって器を変えたりするのかも、伺いたいです。

細川
日本料理屋に時折足を運ぶのですが、やはり日本料理では器が季節で移ろってゆくことがとても大事だと思います。ただ、家では一器を四季を通していろいろな形で使うことの方がむしろいいですよね。夏はガラスに盛る機会が自然と増えますが、真冬のガラスもとても好きです。

山野
ご自宅用の料理では模様替えというか、食器替えのような事はしないですか。

細川
はい。 していないですね。唯一、一年に一度しか出てこない器は、おせち料理のお重です。それだけは元旦だけの器として楽しみたいので。それ以外は年中無休です。

山野
私は実験的に作っているものが自宅用たくさんあって、季節の感覚がなくなってきているかもしれません。制作でこういうのを作ってみたい、作りたい気持ちを先行して作って、後付けでこれ盛ってみようかな、あれ盛ってみようかな、と使ってみることが多いです。はじめの一年ぐらいはどう使っていいかわからなくて、いろいろな使い方をしているのですが、最終的に二年、三年経ってくると関係性ができてくるみたいなのもあります。最近しっくり収まってきたな、いつもこれを使うようになってきたな、とか。関係性を作り出す感じが多いかもしれないです。だから割れると、関係性が深ければ深いほど悲しいという感情もあって。でも工房で作ったもので、すごくうまくできたものがあったとしても、窯から出てすぐに割れても割れることには慣れているので、割れてしまったことに対してそこまで深い感情はないんです。でも、家で使って何年か経っているものに対しては悔しい・・もう悲しい悔しいみたいな感じになったりします。食器との関係性が私には大事だなと思っています。

細川
どのぐらいの確率で、たとえば百個中何個ぐらい割れるものなんですか。

山野
基本は割れないです。一日30個とか40個作ったドリンキンググラスのうち3個割れていると、え、何があったんだろうと思いますね。でも、水差しのようなボディが薄くてハンドルを分厚く作りたいってなると、厚みの圧力のバランスで割れてしまうことがあります。水差しの場合は一日6時間とか吹いて、たぶん20個くらい作れるのですが、その20個中3個ぐらいは割れても許容範囲。割れない事が前提ですが、気持ちとしては、まあ3個は割れるよねっていう感じです。
話は変わりますが、料理教室の準備ってどうされているのですか。前日に下ごしらえをチームみんなでしているのですか。

細川
私、前日はほぼなにもしないんです。作り置きが苦手ですし、どの作業なら前もってしておいて構わないのかが、よくわからないんです。なるべくなんでも食べるぎりぎりに作業をしたくて。

山野
何を基準に作るものを決めますか。テーマのような、たとえば「この時期、桃がすごく美味しいから桃の何かを作ろうか」という感じなのか、お客さんが来て「このお客さんはきっと和食が好きだから和食を作ろうかな」みたいな感じで選ぶのかしら。

細川
それは今おっしゃった両方です。どちらもです。今のお話であれば私が今食べてほしいものというよりは、どちらかというと何を食べたいだろうなっていうことをまず考えます。たとえばパスタでしたら、私は自分のためにはトマトソースか、アーリオ・エ・オーリオくらいしか作らないんです。創意工夫よりも確実に自分が満足できることのが大事で。でも、お客様だったら、筍が採れる時期だから筍のソースにしたら喜ぶだろうなとか、より季節を感じるソースになりますし、旅先で食べたあのパスタをヒントにしてみようとか、新しい発想も生まれやすいと思います。

山野
筍のご飯を作りましょうとなった時に、レシピの研究みたいなことはするのですか。

細川
研究というスタンスで料理をすることはないですね。ただ、同じような料理を作るとしても、毎回毎回確実に前進したいと思っています。だから、料理をしながら、日々ベストを探しています。昨日のベストは今日のベストとは限らないから、とにかく思考を巡らすんです。これが本当に一番おいしいのか?もっとおいしくなる方法はあるんじゃないかって。

山野
先にある程度想定してレシピを書いておくのですか。それとも、お料理をしながらレシピを書かれるのですか。レシピってどう作っているのですか。

細川
完全に後付けですね。作っている時は自分自身、最後に何ができるかわからないことも多いです。もちろんぼんやりとしたイメージはありますが、料理をしながら変わっていくことが本当にたくさんあるんです。だからいつも、今日何を作ろうかなあと思いながら料理をして、新しく頭の中でレシピを組み立ててゆきます。普通はみなさん7時にご飯食べようと思ったら、料理を始める時間にはこれはこう切って、こう加熱してと決まっていると思います。私は、あえて作るまで考えないようにすることも多くて、台所に立って初めて考え始めて、食べる直前に湧き上がったアイデアに対応したいんですよ。食卓で調味料を加えたり、口の中で混ぜて完成する料理も多くて、胃袋に落ちる本当にぎりぎりまで料理は続きます。

山野
最後に細川さんが考える「おいしさ」を伺いたいです!

細川
はい。 食べた瞬間に言葉や考えやいろんなことが消えて、一瞬にして興奮状態に陥るようなそんな感覚です。理由とか説明できないものですけど、でも、限りなく幸福な感情です。
私たちは美味しいという言葉を持っているので、それを表現するとしたら美味しいになると思うんですけど、なぜ美味しいかという理由は絶対あるはずなんです。塩味がばっちりとか、温度がばっちりとか。美味しくできたはずなのにこれいまいちだなっていう時は、理由があって。それは温度とか塩加減とかいろんなことですね。それらがすべてばっちり決まった時に。やっぱり美味しいって強く感じるから。
私は料理する側として、全てがばっちりくるようにものすごく気を使っています。一つ欠けてもだめなんです。料理をする時に難しい作業は好きじゃないし、不器用だからできないのでしないんですけれど、美味しさがぶれないようにという小さな積み重ねは強く意識しています。素材が美味しければよほどのことをしなければまずくはならないですけど、でも、それがなんでこんなに美味しいんだろうってなるには、やっぱり作る人の意識が隅々まで行き届いていることが絶対に必要だと思うんです。

山野
わー、細川さんのご飯、食べたくなっちゃいました。

細川
日本に帰ってきた時に、ぜひいらしてください。


SERVISER/食器類1 
SERVISER/食器類2 前編
SERVISER/食器類2 後編
SERVISER/食器類3 


Graphic Design:Tomoko Yamashita

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山野アンダーソン陽子

ガラス作家

山野アンダーソン陽子

「空想の食事会計画」を通じて、おいしさの可能性をたのしく妄想していきます。

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