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鍋の中にある空

詩と余白

鍋の中にある空

菅原敏

詩人

菅原敏


「今年は一日に何かひとつは美しいものを見よう」などと話していた私たちは、日が暮れかける前に近所の公園へと急ぎ、富士山の見える場所まで足早に歩いた。一月の空、夕暮れまでのわずかな時間。暮れかけたかすかなオレンジに縁取られた富士山、やわらかな紺のグラデーション。なんとか日が沈む前に駆け込むような形で私たちはひとときベンチに腰掛け、遠い空と消えかけていく富士の輪郭を眺めていた。すると彼女は急に「この空の色のスープをつくる」と言い出した。あまり美味しそうには見えないと思ったけれど、こんな気まぐれは今に始まったことではないし、今年最初の私たちの食卓にそんなスープが置かれることはなんだか楽しそうに思えた。

私は彼女に促されるまま八百屋や肉屋など、あちらこちらをはしごして、商店ではブーケガルニというハーブの束のようなものを初めて手に取った。これらの材料からどうやってあの空の色味を再現するのか、皆目見当がつかなかった。色味という言葉は「色」と「味」でできている。空の味について考えるのは初めてのことだった。私はリビングで本など読みながら、ああでもないこうでもないと彼女が冷蔵庫から食材を出し入れし、煮込んだり、炒めたり、ミキサーにかけたりする様子をそれとなくうかがっていた。「何か手伝おうか」と声をかけると、「大丈夫、座って待っていて」と微笑んだ。

レコードのA面が終わって、ターンテーブルから針を上げると窓の外からかすかに雨音が聞こえてきた。B面に針を落として数曲流れていく間に雨足は随分と強くなり、私は「雨が降ってきたみたいだよ」とキッチンの彼女に声をかけた。腕まくりをした彼女は一本のスプーンを持って私のところに来て、「あとひとさじ分、空をすくって入れたら完成するから。ちょっと待っててね」と言って、傘もささずに裸足で雨の庭先に立ち、雨に濡れたシャツの袖から白い腕を伸ばす。なるべく高いところをすくおうと、つま先立ちで空にスプーンを差し入れた。

その夜が彼女と過ごした最後の時間になってしまったので、翌日も私はそのスープに手をつける気になれず、どうしようかなとホーローの鍋の蓋を開けた。そこには確かにあの時の空があって、あと少しで完成しそうだった。私は鍋の中の空を見つめ、少し味見しようかと思ってやめた。結局手をつけることなく、私はその小さな空を容器に移して冷凍庫に入れた。

いまも私の冷凍庫にはあの十年前の空がひとつ冷凍されて眠っている。いつ解凍して飲むべきなのか迷っているうちに歳月は流れ、さすがにもう飲めないと分かっているものの捨てることはできず、「ねえ、この冷凍庫の不思議な色のかたまりはなんなの?」と聞かれるたびに、もごもごと口ごもってしまうのだった。

いまでは私の食器棚のスプーンやフォークはすべて金属から木製になった。空をかき混ぜても大丈夫なようにと、私はいまも時々木材を買ってきては糸鋸で形を整え、何種類もの番手の紙やすりを使っては、なめらかなスプーンを拵えている。いつかの雨が上がり、透明に澄んだ夜空をそっとすくうための準備として。

わたしの素

スープを飲む理由


雷のような音でバゲットをひきちぎり

スプーンひとさじ分の透明ささえ

なくしたときには

過去と未来を切り分けて

すべての願いを染み込ませる

こんな日でも夜はやさしく

互いに隠していた罪を

許し合えるかもしれないと

束ねたブーケを水に投げ

手紙を火にかける

じっと耳をすます空白の時間に

小さく湧き立つ言葉がある

ひとつぶひとつぶ雨が落ちるように

少しずつ話し出すだろう

いつかの約束はかたちをなくしてほどけ

はじまりへ戻るための

ひとさじをすくうだろう 

エッセイ・詩:菅原敏
コラージュアートワーク:花梨(étrenne)

連載

詩と余白の扉

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詩人

菅原敏

日常の余白に言葉を重ね、想像の世界をひらく詩人・菅原敏さん。彼のらしさの素をつくる詩と、ともに語られる食事の記憶。

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