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刺繡作家|小菅くみ

オイシサノトビラ

刺繡作家|小菅くみ

────思わず手を触れたくなる、フサフサとした犬の毛並み。パリッと香ばしく焼けた餃子の皮。小菅くみさんの刺繡作品を見ていると、それらが糸から生み出されたものだとは思えない。リアリティがありつつも、どこか肩の力が抜けたファニーさをあわせ持つその世界観は、『 〟素朴な手芸』〝という従来の刺繡のイメージを一変させた。近年は広告やアーティストのCDジャケットを刺繡で表現するアートワークも積極的に手がけ、活躍の幅をどんどん広げている。


「幼い頃から絵を描くのが好きで、母いわくペンとメモ帳さえあれば、どんな場所でも静かに過ごすことができたとか。刺繡は独学ですが、布に描いた図案に絵の具を塗るような感覚で縫っていきます。例えば犬のモチーフを縫う時も毛の一本一本を筆で描いていくような感じです」

 絵が好きになったのは、仙台に暮らす母方の祖母の影響が大きかった。

「おばあちゃんは油絵をやっていて、小さな頃から絵を描く姿を見ていました。隣に座っていると『くみも描く?』と誘われて、気づけば一緒に描いていました。絵のほかにもフェルトで人形を作ったり、やりたいと思ったことにはすぐに挑戦する人で、102歳になった今も好奇心旺盛。そんなおばあちゃんの姿を見てきたから、私もものを作ることが好きなんだと思います。家族からは『くみとおばあちゃんは歳の離れた双子みたい』なんて言われているんです」

大学は芸術学部に進み、写真を専攻した。

「絵でも写真でも、とにかくものを作ることがしたかったのと、同じ思いを持つ人が集まる場所にいたいと思って決めました。卒業後はプロのカメラマンが写真を現像するラボに就職しましたが、フィルム写真の衰退もあって会社が倒産。雑貨を扱う会社に転職しました。その仕事も楽しくて性に合っていたのですが……」

大きな転機が訪れたのは20代前半。突然難病を患い、長い入院生活を余儀なくされた。そこで出会ったのが、刺繡だった。

「ずっとベッドの上の生活で、仕事もしていないし、自分の居場所がなくなってしまったような気持ちで。何かできることはないかと考えた時に、刺繡だったらできるかなと。道具も少ないし、ベッドの上でもできるので。次第に友人たちが『洋服にちょっとこれ刺繡してよ』と頼んでくれるようになって、自分にできることがあるんだなって、すごく嬉しかったんです」

ユニークなモチーフと、独特なタッチの小菅さんの刺繡は次第に口コミで話題となり、オーダーや展覧会の誘いが来るようになった。

「まさか刺繡が仕事になるなんて思っていませんでしたし、自信もありませんでした。でもひとつひとつの仕事が積み重なって、支えになり、今に至っています。今は刺繡以外の制作にも興味が出てきて、最近は木彫りに挑戦しています。いつだって興味津々に、ワクワクすることに挑戦しながら生きていたい。これもきっと、おばあちゃんの血ですね(笑)」

小菅さんにとって、食もまた祖母の存在抜きには語れない。一番記憶に残っていて、かつ日々の暮らしの中でもよく作る料理は、幼い頃から食べてきた "おばあちゃんの味"だ。

「5歳離れた兄がいるのですが、私が生まれた当時、母は兄の育児で大変で、生後間もなくの頃、3ヵ月ほど仙台にあるおばあちゃんの家に預けられていたんです。おばあちゃんが作る離乳食で育ったせいか、気づけば家で作る料理の多くが、おばあちゃんの味。これまでちゃんとレシピを教えてもらったことはないのに、似たような料理が好きで作ってしまうのは、記憶のベースにその味があるからかもしれません」

金目鯛の頭の煮付け、玉こんにゃく、レバー煮、モロヘイヤと梅とミョウガの和えもの、菊の花の酢味噌和え、昆布煮。この日食卓に並んだ、小菅さん手製の料理も、 幼い頃、祖母の家でたびたび出されていたものだ。

「私が小さい頃、モロヘイヤはあまりお店に並ばない珍しい野菜だったと記憶していますが、おばあちゃんはいつも未知の食材を見つけるとすぐに買ってきて、料理するんです。そういう探究心があるところも似ていて、私も見たことのない食材を発見すると、どうやって料理しようかってすごくワクワクするんです。あとネバネバした食感のものが好きなところも同じです。オクラとか長芋とかに目がなくて、それもきっと、おばあちゃんがよく料理に使っていたからなんだろうなって想像します」

テーブルいっぱいに並べられた料理を、おしゃべりしながら、ゆっくりと食べる。まるでお正月のような賑やかな食卓が、小菅さんにとっての食の原点。ホッと落ち着く時間だ。

「仙台は魚介類がおいしいので、季節ごとの旬のものが食卓にありました。魚のアラなどは東京の家庭ではあまり使わないかもしれませんが、私は大好物で、運よく手に入った時にはせっせと料理しています。スパイスたっぷりのカレーとか、洋食も大好きで食べにいくこともありますが、やっぱり心から安心できて、おいしいと思えるのは、おばあちゃんの味。どんな時も自分を支え、励ましてくれる大切な料理です」

わたしの素

「おばあちゃんが大好きなもののひとつが、梅。梅干しはもちろん、梅ジュースや梅を使ったお菓子にも目がなくて、幼い頃から一緒に食べていました。そのせいか、大人になってからも梅味のものがないと落ち着かなくて、いつもバッグには何かしら梅フレーバーのおやつが入っています。刺繡の作業をしている時にも、梅干し昆布など常に何かを食べていて、食べ過ぎたせいか、消化不良を起こしちゃったこともありました(笑)。今は仙台の施設に入所して暮らしているため、以前ほど頻繁には会えなくなってしまったおばあちゃん。また一緒に、お互い大好物の梅のお菓子を食べながら、ゆっくりおしゃべりがしたいなと思う日々です」

profile
小菅くみ / こすげ くみ 
刺繡作家 / 1982年、東京都生まれ。
巧みな技術とユーモラスな作風の刺繡が支持され、個展やポップアップショップなどを多数開催する。著書に『小菅くみの刺繍 どうぶつ・たべもの・ひと』(文藝春秋)。
Credit:
FRaU編集部
photo : Kiyoko Eto
text & edit : Yuriko Kobayashi

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